Wikipedia:良質な記事/良質な記事の選考

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良質な記事にふさわしい優れた記事を見つけたり、作り上げたら、是非このページで推薦してみてください。あるいは、推薦されている記事を読んでみて、感じたことを投票という形でフィードバックしてみてください。記事に対するたくさんの意見や感想は、執筆者の励みとなります。

※推薦・投票の前に、選考のルールを一通りご確認ください。ルールに関する質問や意見はノートページにお願いします。

はじめに[編集]

  • 推薦・投票はログインユーザーのみとなります。
  • コメントは記事そのものに関して行ってください。

良質な記事の目安[編集]

以下に良質な記事の目安を挙げます。

推薦や、推薦された記事へコメントする際の参考としてください。

推薦の仕方[編集]

通常の推薦[編集]

IPユーザーによる推薦は不可です。ログインユーザならどなたでも推薦することができます。自薦・他薦は不問です。自薦の場合はその旨を述べて下さい。また、1人のユーザーが同時期に推薦できる記事の数は3つまでです。

  1. {{Wikipedia:良質な記事/良質な記事の選考/○○○_yyyymmdd}} というリンクを「選考中の記事」節の一番下に追加します。○○○には選考対象となる記事名を、yyyymmddは推薦した年月日を記述してください(年月日は推薦者の居住地域における標準時夏時間、あるいはUTCのいずれでも構いません)。
  2. 先の投稿によって追加されたリンク先に、以下の形式で推薦してください。推薦者としての賛成票は任意です。投票を控えても結構です。
    === {{subst:Article|選考対象記事名}} ===
    選考終了日時:'''{{subst:#time:Y年Fj日 (D) H:i|+14 days}} (UTC)'''
    *(推薦)推薦理由を記述。--~~~~
    *{{賛成}}:--~~~~
  3. 選考対象記事のノートページに{{良質な記事候補}}を貼付して選考中であることを告知します。
    書式:{{良質な記事候補|選考サブページ=○○○_yyyymmdd|よみがな=△△△}}
  4. さらに広く告知するために、Template:選考中の記事・画像一覧の選考中の記事リストに追加することもできます。

月間新記事賞と月間強化記事賞を受賞した記事の自動推薦[編集]

月間新記事賞と月間強化記事賞を受賞した記事は、自動的に推薦されます。ログインユーザーならどなたでも推薦の手続きをとることが可能で、自動推薦の記事については「同時期に3つまで」という推薦記事数の制限の対象外となります。推薦の仕方は上記の通常の推薦と同じです。推薦理由については、

*(自動推薦)20xx年xx月の月間新記事賞受賞記事。--~~~~

または

*(自動推薦)20xx年xx月の月間強化記事賞受賞記事。--~~~~

などとしてください。

投票の仕方[編集]

選考開始後に作成されたアカウントまたはIPユーザーによる投票は不可です(コメントは認められます)。推薦された記事を編集・執筆した人も投票可能です。投票・コメントは記事の全文をよく読んだ上で、以下の形式で行ってください。{{条件付賛成}}、{{条件付反対}}、{{保留}}などの下記以外の形式での投票は、最終的な投票集計では{{コメント}}と同等扱いとなるのでご注意ください。

  1. *{{賛成}}:記事に対するコメント--~~~~ - 現状で問題ないとき。現状でも良質な記事と認められるが、他に改善点がある場合にはどうぞご指摘ください。
  2. *{{コメント}}:記事に対するコメント--~~~~ - あと少し手を加えれば賛成しても良いとき。問題点を具体的に指摘してください。
  3. *{{反対}}:記事に対するコメント--~~~~ - 大幅に手を加えなければ賛成できないとき。

記事に問題点がある場合は、その箇所や改善策を具体的に指摘してください。主観を交えず、出来る限り客観的な批評を行ってください。投票内容についての質問がなされ、2週間以内に返答がないとき、投票は無効となる場合があります。不適切な多重アカウントブロック逃れによる投票・コメントは除去され、投稿されなかったものとして扱われます。ただし、選考終了後にさかのぼっての取り消しは行われません。

選考期間[編集]

選考期間は記事が推薦されてから2週間です。選考期間終了時点で賛成票が3票以上かつ2/3以上の支持がある場合は、良質な記事となります。

以下の場合に限り、どなたでも選考期間を最大4週間延長することができます。1回の選考は最大6週間までです。

  1. 記事の修正や査読など選考に時間を求める意見が出た場合、最大4週間延長することができます
  2. 延長の希望が表明されていない場合でも、2票の賛成票があり・かつ・反対票が投じられていない場合、選考期間が2週間自動延長されます

自動延長されたものは、希望が表明されればさらに2週間までの延長が可能です。

早期終了[編集]

以下の場合は、早期終了として選考を直ちに終了することができます。

  • 反対意見のみ3票以上集まった状態が48時間継続した場合。良質な記事は見送りとなります。
  • 賛成意見のみ3票以上集まった状態が48時間継続した場合。良質な記事となります。
  • 賛成票がなく、推薦者が取り下げ意思を示した場合。良質な記事は見送りとなります。

選考が終了したら[編集]

選考が終了したら速やかに以下を実施してください。実施は推薦者でなくても構いません。

  1. 選考対象サブページ(Wikipedia:良質な記事/良質な記事の選考/○○○_yyyymmdd)に選考結果を記入する。
  2. 選考中の記事」節から選考対象サブページ({{Wikipedia:良質な記事/良質な記事の選考/○○○_yyyymmdd}})を除去する。
  3. ノートページから{{良質な記事候補}}を除去する。
  4. 記事がTemplate:選考中の記事・画像一覧に追加されていた場合、それを除去する。
  5. Wikipedia:良質な記事/良質な記事の選考/選考結果リストに選考対象サブページを追加する。
  6. 選考を通過して良質な記事となった場合は、
    1. 記事本文のカテゴリ・デフォルトソートの直上に{{Good article}}を貼付する。
    2. 記事のノートページに{{良質な記事}}を貼付する。
    3. Wikipedia:良質な記事/リストへ対象記事を追加し、分類の記事数(括弧内の数字)を更新する。
    4. Wikipedia:良質ピックアップ/ダイジェスト版未作成記事リストに対象記事を追加する。
    5. Wikidataにおける記事のSitelinkにGood articleバッジを割り当てる(登録利用者のみ可能です)。

選考中の記事[編集]

現在時刻: 10月 22日 日曜日 14:30 (UTC) (キャッシュ破棄

ハンブルクの倉庫街とチリハウスを含む商館街 - ノート[編集]

選考終了日時:2017年10月24日 (火) 18:17 (UTC)

  • (自動推薦)2017年9月度の月間新記事賞受賞記事。--totti会話) 2017年10月10日 (火) 18:17 (UTC)
  • 賛成 世界遺産としての記事であれば、十分な内容になっているものと思います。倉庫街や商館街に関する記事であれば、街の構造とか歴史をもう少し踏み込みたい感もあります。--Tam0031会話) 2017年10月14日 (土) 14:16 (UTC)
    • コメント コメント・投票ありがとうございます。仰るとおり、建築物・街区それ自体の記事であれば、構造的な要素などにも踏み込むべきだろうと思いますし、チリハウスにしても、表現主義の傑作としての側面を掘り下げるなら、叙述が明らかに不足していると考えています。反面、世界遺産登録の際にはそれらの側面はほとんど評価されておらず(チリハウスに至っては、登録名から削られかけたくらいですから)、あくまでも『時代の証言』としての側面が評価されているため、世界遺産としての叙述では、構造面などの要素はごく概略的で足りる、と認識しています。反面、肝心の『国際商業とハンブルクの関連』が、(載っていなかったので参考文献に挙げなかっただけで、参考文献に挙げたもの以外にも)ドイツ経済史系の著書・論文を色々調べてもあのくらいしか書けなかったのは、少々残念ではあります。--Sumaru会話) 2017年10月22日 (日) 14:10 (UTC)
  • 賛成 主執筆者になりますので、自薦的な票になります。上述の通り、国際商業との関連は今後の課題(可能なら、どなたかドイツ語に堪能な方に、ドイツ語文献などを元に充実させて欲しい)と考えていますが、現状でもGAの水準は満たしているものと考え、賛成票を入れます。--Sumaru会話) 2017年10月22日 (日) 14:10 (UTC)

大論争 (天文学) - ノート[編集]

選考終了日時:2017年10月24日 (火) 18:18 (UTC)

  • (自動推薦)2017年9月度の月間新記事賞受賞記事。--totti会話) 2017年10月10日 (火) 18:18 (UTC)
  • 賛成 論争に至る背景、両者の考えの相違、後世の科学の見地からの検証と、おおよそのことがうまくまとめられているものと思います。良質な記事の水準に達しているものと思います。--Tam0031会話) 2017年10月14日 (土) 14:18 (UTC)

犬小屋 (江戸幕府) - ノート[編集]

選考終了日時:2017年10月24日 (火) 18:20 (UTC)

  • (自動推薦)2017年9月度の月間新記事賞受賞記事。--totti会話) 2017年10月10日 (火) 18:20 (UTC)
  • 賛成 きわめて興味深いテーマにチャレンジした記事だと思います。多数の文献をあたって、うまくまとめられているものと思います。--Tam0031会話) 2017年10月14日 (土) 14:20 (UTC)

長久手市中央図書館 - ノート[編集]

選考終了日時:2017年10月24日 (火) 18:20 (UTC)

  • (自動推薦)2017年9月度の月間新記事賞受賞記事。--totti会話) 2017年10月10日 (火) 18:20 (UTC)
  • 賛成 これまでの図書館関連記事の中では比較的コンパクトな方ではありますが、図書館の開設自体が新しい中では、これくらいの解説ができていれば十分ではないかと思います。--Tam0031会話) 2017年10月17日 (火) 14:25 (UTC)

海辺の生と死 (映画) - ノート[編集]

選考終了日時:2017年10月24日 (火) 18:21 (UTC)

  • (自動推薦)2017年9月度の月間新記事賞受賞記事。--totti会話) 2017年10月10日 (火) 18:21 (UTC)
  • 賛成 少々もの足りないようにも感じますが、7月に封切られたばかりの新しい作品なのでこんなものでしょうか。映画記事の必須事項として、いずれデータが出てきたら、興行成績および各種の受賞(すれば)、他のメディア(DVDなど)についても加筆していただきたいと思います。以下細かい点についていろいろと。
§3.2 撮影開始
  • 「朔が煙草を吸うところにトエが迫るシーンだけは、『死の棘』のきっかけとして撮影された」
 意味不明だったので出典元のサイトを見て文脈を理解できましたが、この文では説明不足だと思います。「『死の棘』の世界への始まりとして撮影された」くらいの方がよいと思います。
注釈や出典
  • 注釈1「この文章は、ミホから敏雄に当てた文章を一部改編したものである」
 この注釈文の出典としてアサ芸プラスのサイトが参照されていますが、そこに書かれているのは「ミホから敏雄に当てた文章」そのものだけですね。ここで必要なのは「ミホから敏雄に当てた文章」ではなく、「この文章は...を一部改編したものである」ということの出典ですから、このアサ芸プラスのサイトは出典としては不適切です。まあ原文を見れば、それを「一部改編したもの」であることは明らかですが、うるさいことを言えば、このままではやはり独自研究です。「一部改編したものである」の出典が見つからないのならこの注釈はなくしたほうがよいでしょう。
  • 出典3,7,12等 「パンフレット」
「パンフレット」の出典情報に閲覧日が記されているので、パンフレットがWebサイトに公開されているのかと思いましたが、書誌情報を見るとそうではないようですね。これは何の日付でしょうか。執筆者が「紙の」パンフレットを見た日付、であれば無意味な情報です。
  • 出典72 umibenoseitoshiのツイート (895516901001936897) :
公式サイトのツイートであり、Wikipedia的には一応有効と認められる出典元ではありますが、個人的には「良質な記事」にツイートの出典があるというのはどうも感心しません。応急処置的には仕方ないですが、この場合はなんとか『GINZA』9月号を確認して、雑誌自体を出典とすべきでしょう。そもそも『GINZA』とは何の雑誌なのかもわかりません。雑誌自体を出典とすれば雑誌の書誌情報が書かれるので、その意味からも雑誌自体を出典にしていただきたいと思います。
  • 出典36 朝崎郁恵 (2017年7月19日). “「海辺の生と死」の越川監督と対談しました”
 何のサイトかと思ったら朝崎氏の個人ブログのようですね。当事者のブログなので信頼はできるとは思いますが、「良質な記事」の出典としてはやはりあまり感心できません。この内容であれば、マスメディアにおける当映画のレビューやらインタビューなどのどこかに書かれているのではないでしょうか。
--Loasa会話) 2017年10月14日 (土) 15:30 (UTC)
返信 (Loasaさん宛) 丁寧な査読誠に有り難うございました。いただいたご意見を元に、少し改稿いたしましたことをご報告致します(差分)。
  1. 注釈1ですが、ミホの文章をそのまま引用する形に書き換えました。本当ならばきちんと書籍を当たるべきとは思いますが、島尾夫妻の作品も、梯久美子さんの評論も、映画の公開のせいか私の環境では入手しにくくなっておりまして、少し心苦しいところではあります。
  2. パンフレットの閲覧日ですが、{{cite book}}に「閲覧日」という引数がありますので、個人的/慣例的に以前から記入していました。{{cite web}}のように突っ込むべきものなのかと思っていましたが……
  3. 出典72に関しましては、出版社のHPを出典として加えました。記事の写真が載っていましたので、心苦しいのですがTwitterの方はそのまま残しています。(これも私の環境では入手困難で申し訳ありません……)
  4. 朝崎さんが歌唱指導したことについては、他の出典を付けたと思っていましたが、後々加えようと思ってど忘れしていたようです。ご指摘有り難うございました。
  5. 今後の課題たる興行収入、映画賞などは、恐らく年末頃にちらほら出てくるのだと思いますが、主筆者としてアンテナを立てておこうと思います。ご意見有り難うございました。--FMmice (会話/履歴) 2017年10月15日 (日) 02:04 (UTC)
返信 早速のご対応ありがとうございました。
  • {{cite book}}の「閲覧日」について:{{cite book}}の引数にもurlがありますね。これは論文等の場合と同様に、その資料がウェブ上で公開されている場合のリンク先を指定するもので、accessdateは、それとセットになっているものです。つまり{{cite web}}におけるaccessdateと同じ意味のものです。したがってウェブ上で閲覧できない資料については不要な引数です。
--Loasa会話) 2017年10月15日 (日) 12:02 (UTC)
返信 そうでしたか、わたしが勘違いをしていたようです……後で外しておこうと思います。--FMmice (会話/履歴) 2017年10月15日 (日) 12:26 (UTC)
  • 賛成 映画の記事として十分な内容になっているものと思います。もう少し時間が経ってから、評価のあたりを強化できれば良いなと思います。またあまり重要でないことですが、「製作」よりも「制作」の方がしっくりきます。「制作」は芸術作品を作ること、「製作」は工業製品を量産すること、というような使い分けがあるようです(そうなっていない使用例もたくさんありますが)。映画は前者だと思います。--Tam0031会話) 2017年10月17日 (火) 14:29 (UTC)
    • ありがとうございました。直せる分については修正しておきました。--FMmice (会話/履歴) 2017年10月17日 (火) 22:18 (UTC)

石狩丸 (初代) - ノート[編集]

選考終了日時:2017年10月25日 (水) 00:06 (UTC)

  • (自動推薦)2017年9月の月間強化記事賞受賞記事。--Trgbot会話) 2017年10月11日 (水) 00:06 (UTC)
  • 賛成 石狩丸型の経緯・船型・運用について一通りの解説がされているものと思います。やや文章が硬い感じはします(「石狩丸難航」の節など)。また、「踟躊」のような船舶・航海用語は、多分ほとんどの読者は読むことすらできないので、読みと意味の注釈でもあれば親切だと思います。--Tam0031会話) 2017年10月22日 (日) 01:40 (UTC)

ナンマトル - ノート[編集]

選考終了日時:2017年10月25日 (水) 00:06 (UTC)

  • (自動推薦)2017年9月の月間強化記事賞受賞記事。--Trgbot会話) 2017年10月11日 (水) 00:06 (UTC)
  • 賛成 遺跡自体の記事としても世界遺産の記事としても十分な内容だと思います。固有名詞の日本語表記の揺れを出典つきでまとめているのはよい方法ですね。
  • これだけのボリュームの記事だと、だいたいのイメージをつかむための概要節が欲しいと思います。宮殿とか城址といったものならともかく「古代の人工島群」というイメージが湧かないので、構造や構成に関しての概要があればよいと思いました。
  • 現在の現地へのアクセスあるいは保護状況についての情報もあればよいと思います。たとえば一般観光客はどこまで立ち入れるのか、沖ノ島のように地元の人でも特別な地位の人が特別の行事の時でないと立ち入れないような「聖域」があるのか、あるいは完全な保護地区として研究者以外立ち入り禁止なのか、といった点についてです。おそらくナンマトル全域が一律な条件で立ち入り規制されているわけではなく、一部は観光客が入れて、一部は完全な聖域もしくは保護区として立ち入り禁止になっている、というのが実情だと思いますが、そのあたりの詳細な情報があれば望ましいと思います。
--Loasa会話) 2017年10月15日 (日) 16:42 (UTC)
コメント 主加筆者コメント コメント、投票ありがとうございます。概要節は入れようかどうしようか悩んだ点でしたが、色々考えた結果見送っていました。反面、「人工島」自体が分かりづらいというのは仰るとおりだと考えましたので、導入部を少し加増する形をとりました。保護状況や観光アクセス可能な領域については、よく分かりません。というのは、ミクロネシア連邦は地球の歩き方(リゾートなどの姉妹シリーズ含む)にも収録されておらず、参考文献に挙げた簡略なガイドブックの類でしか、観光案内が見当たらないのです。そして、それらは世界遺産推薦・登録よりも前ですから、危機遺産として保護計画が洗練されつつある(であろう)現状からすると、情報が古くなっていることはほぼ確実です。ですので、保護状況と観光の関わりなどは、おそらく今後しかるべき文献が出てこない限り、加筆は難しいのではないか、と考えています。--Sumaru会話) 2017年10月18日 (水) 11:13 (UTC)
  • 賛成 名前だけは知っていた遺跡だったので面白く読ませていただきました。個人的には記事自体に特に注文を付けるところはないと思います。唯一、ミクロネシアの地図が全面水域でわかりづらいので、西太平洋広域の地図を乗せた方が位置がイメージしやすいとは思いますが好みの問題でしょうか。--TEN会話) 2017年10月16日 (月) 14:35 (UTC)
    • コメント 主加筆者コメント コメント、投票ありがとうございます。地図は世界遺産テンプレのほうの地図をオセアニアの地図にしてあったので、それでいいかと考えていましたが、ご指摘を受けて、そこまでスクロールしないと位置関係が掴めないというのは不親切かと考え直しましたので、2つの地図画像を入れ替えました。--Sumaru会話) 2017年10月18日 (水) 11:13 (UTC)
  • 賛成 大変興味深い題材ですね。どこにある、どんな成り立ちの、どんな遺跡かが読みやすくまとめられています。さらに、研究史や伝説との関係まで触れられており、読み物としても楽しいですね。世界遺産の節も基本情報をきちんと押さえられているように感じます。--Mogumin会話) 2017年10月19日 (木) 13:22 (UTC)

ジョージ1世 (イギリス王) - ノート[編集]

選考終了日時:2017年10月25日 (水) 00:06 (UTC)

  • (自動推薦)2017年9月の月間強化記事賞受賞記事。--Trgbot会話) 2017年10月11日 (水) 00:06 (UTC)
  • コメントひとまずコメントとして。
  • 幼年期節から結婚節へかけて。
  • 幼年期節で「ゾフィー・ドロテア」、結婚節で「ゾフィー・ドロテア・フォン・ツェレ」と異なる表記で登場すると、別人のようにも見えます。統一してはどうでしょう。
  • 「サリカ法で規定されなかった収入を確保した。」のくだりの意味がわかりませんでした。(翻訳元をみても、何を言わんとしているのかよくわからないです。)
  • ツェレへリンクがあったほうが良いでしょう。
  • この記事だけでなく、ゲオルク・ヴィルヘルム (ブラウンシュヴァイク=リューネブルク公)ゾフィア・ドロテア・フォン・ブラウンシュヴァイク=リューネブルクも眺めたましたが、結局よくわからなかったのですが、妻のゾフィーが「フォン・ツェレ」と呼ばれるようになったのはいつからなのでしょう?結婚節の後半、すなわちゾフィーがツェレに30年以上幽閉されるあたりを読んだ印象としては、30年ツェレに幽閉されたから「フォン・ツェレ」と称されるようになったのでは?もしそうだとするなら、結婚時点で「フォン・ツェレ」を付すのはちょっと辻褄が合わないと思うんですよね。そして、「ハノーファーとツェレの統一を推進」というくだりとも平仄が合わないような。結婚時点で「ofツェレ」であったとするならば、それはゾフィー自身が父から一定の領地を渡されていたってことに?
  • (追記)原文ではゾフィーの父を「George William of Celle」と表記しているので、後段の「ツェレ」とつながるのですが、翻訳には父に「ツェレ」がついていないし、ゲオルク・ヴィルヘルム (ブラウンシュヴァイク=リューネブルク公)にはリューネブルク公(侯)という表現で「ツェレ」が出てこないので、そこらへんがわかりにくさの原因かなあ。
  • 「ジョージとゾフィー・ドロテアの結婚が解消されたが」とあるのですが、いわゆる法的に正式に離婚したのでしょうか?もしそうならば、どうして「離婚」後に、ジョージはゾフィーの父から領地を相続することができたのでしょうか?一度結婚してしまえば、離婚した後も相続権は有効なんでしょうか?
  • ブラウンシュヴァイク=リューネブルク#ハノーファーを読むと、1698年のエルンスト・アウグストの死後、ジョージが選帝侯を継ぐことが認められるまでに争いがあって10年を要したことになっています。しかしこちらの記事ではすぐに選帝侯になったように読めてしまいます。(ここらへんのドイツ地歴記事はひどく入り組んでるんですよね。)
  • ゾフィーが「1726年に死んだ」ことは翻訳元にはない情報なので、それを補っているのは親切でいいと思います。ですがどうせなら、いつから幽閉され、32年に及んだことも書くと良いのでは。
  • こういう色々を補って説明しようとすると、「英文を翻訳」だけでは不足で、別途情報源を使って加筆する必要があるんですよね。だったら翻訳じゃなく書き下ろしでいいじゃないか、となっていくのですが・・・。他の英国王の記事と一緒で、本気で書き始めるといくらでも加筆可能な主題のはずで、それをどれぐらいコンパクトにまとめるかというところもありますよね。でもそうすると、記事だけ読んでも「なんで?」という疑問が増えるばかりで・・・むずかしいですね。
  • これは記事の主題の性格上しょうがないことなのですが、幼年期のドイツ時代のことも英語風の「ジョージ」表記で、他の人々はみなドイツ風の表記なので、なんか気になります。愛称のゲルゲン(Görgen)はGeorgから来てるんだろうなというのはわかるとして、弟はアウグストが「グシェン(Gustchen)」になってるんですよね。翻訳元は英語版なので全員が英語風の表記になっているのですが・・・。これはどっちにするか決めるしかないことなので、これはこれでいいのかもしれないですが、私だったらイギリス時代より以前のことは「ゲオルク」にしたいかなあ。うーん。--柒月例祭会話) 2017年10月17日 (火) 10:05 (UTC)
  • (追記)ジョージ1世は、生まれながらにしてドイツとイギリスの位の継承者だったわけではないんですね。たとえば彼が生まれた時点では、父のエルンスト・アウグストは「ブラウンシュヴァイク=リューネブルク公」ではないので、「ブラウンシュヴァイク=リューネブルク公の子として生まれた」的なニュアンスにはならないようにしたい。父が「Herzog von Braunschweig-Calenberg・Fürst von Calenberg」になったのは1679年。なんかそこらへんのいろいろな経緯をわかりやすく説明してみようと思って試しに下書きしてみたら、それだけで2、3万バイトになってしまいました。あははー、だめだこりゃて感じですね。
  • 上にも書いたのですが、ドイツ関連の周辺記事がひどく入り組んでるんですよ。
  • で、[[ブラウンシュヴァイク=リューネブルク|ブラウンシュヴァイク=リューネブルク公国]]みたいなパイプ付リンクがそこらじゅうにあって、なんかグルグル回ることになっちゃったりして・・・。--柒月例祭会話) 2017年10月18日 (水) 06:01 (UTC)
  • コメント 「サリカ法で規定されなかった収入を確保した。」については、伊佐坂さんが書かれていたことは正しくて、結婚するにあたって二人の父親、すなわち Ernst August と Georg Wilhelm が持参金として 10万ターラーを Sophie に持たせる(支払いは6年分納)ことと、さらに毎年4,000ターラーを Sophie に支給する(ただし管理するのは Georg)が取り決められています。Georg と Sophie の離婚時(1694年に正式に成立)は二人の父親が両者とも存命で、彼らの間で密かに取り決めがなされた結果、結局 Georg が領地などを引き継ぎました。Sophie は二度と結婚させないとの約束が交わされたので、これで事実上男系(婿が来てさらに男子が生まれたりするなどの可能性)が断たれたことになります。このあたりのことは出典として示されている こちらの本 に詳細が書かれています。Ernst にしろ、Georg Wilhelmにしろ、二人の離婚が不倫絡みだというのを世間に知られるのは選帝侯の家柄としては大変まずい状況だと考え、このような取り決めに至ったようです。Sophie のお相手が「失踪」したのも、、、。--薬師末 業会話) 2017年10月21日 (土) 08:09 (UTC)

筑西市立図書館 - ノート[編集]

選考終了日時:2017年10月25日 (水) 00:07 (UTC)

  • (自動推薦)2017年9月の月間強化記事賞受賞記事。--Trgbot会話) 2017年10月11日 (水) 00:07 (UTC)
  • 賛成 ひとつの自治体の公立図書館について一定の説明がされており、良質な記事の水準にあるものと考えます。合併により再編された公立図書館の記事は構成が難しいところもあるかと思いますが、本記事の説明の流れは、特に読みやすくなっていると感じました。--Mogumin会話) 2017年10月20日 (金) 12:49 (UTC)

イギリス・ザンジバル戦争 - ノート[編集]

選考終了日時:2017年10月25日 (水) 00:07 (UTC)

  • (自動推薦)2017年9月の月間強化記事賞受賞記事。--Trgbot会話) 2017年10月11日 (水) 00:07 (UTC)
  • 賛成 戦争の背景、経過、結果、および有名になった原因である戦争の時間について出典つきで詳細に記述され、良質な記事の目安を満たすものだと考えます。唯一気になったところは冒頭のInfoboxにある指揮官の「サラー」で、本文では「サレー」としているので、どちらかに統一した方がいいかと。ただ細かいところではありますので、それが修正されなくとも良質な記事に値するとして賛成票を投じさせていただきます。--ネイ会話) 2017年10月14日 (土) 10:13 (UTC)
  • サラー/サレーの件、ご指摘ありがとうございました。Salehの正確な読みは分からないのですが、とりあえずサレーに統一しました。他にもハリド/ハリードが混在していたり、ちゃんと見直さないとダメですね。--Iso10970会話) 2017年10月15日 (日) 12:32 (UTC)
  • コメント ハリドとハリードの表記ぶれがありますが、もう一つの問題はザンジバル王国としていること。これはこの時点で存在しない国家です(当時存在したのはスルターン国。歴史的にはスルターン国→保護国→ザンジバル(王国は日本語での呼称で、国名はザンジバルのみ。記事側は曖昧さ回避のために通称で逃げています)→人民共和国→タンザニアです)。この間違いは王国の記事が記事主体を理解せず王朝と国家を混同した英語版の間違いで上書きされたのが原因なので、記事側の対処はこちらでやっておきます。表記を王国からザンジバル・スルターン国にしておけば、リダイレクトは機能するので当座の対処はできます。--Open-box会話) 2017年10月18日 (水) 00:42 (UTC)
  • 賛成 Saleh のカナ表記は、サーリフ(敬虔の意)がいいと思います( en:Salih もご参照ください。)。あと、Khalid は、ハーリド(خالد 永続の意)がいいと思います。--ねをなふみそね会話) 2017年10月20日 (金) 01:42 (UTC)
  • コメント 本記事は、英語版がFAになったのが2008年でその後の編集で改悪されている部分があります(FA取得時点でおかしい点もあります)。
翻訳段階以前の問題として気付いた点をいくつか:
① Background
though it was later discovered that instructions from London would have prohibited aggressive action being taken immediately if that ultimatum had been rejected.[5]
ここは提示されている文献にそのようなことは書いてありません。出典はGoogle Booksで読めます。
英語版記事en:Barghash bin Said of Zanzibarに書かれていることの方が正しそうです。
In June 1873 Dr John Kirk was acting British Consul and received simultaneous contradictory instructions from London, one to issue an ultimatum to the Sultan under threat of blockade that the slave trade should be stopped and the slave market closed, and the other not to enforce a blockade which might be taken as an act of war pushing Zanzibar towards French protection.


② 25 August
His 29-year-old nephew Khalid bin Bargash,
en:Hamad bin Thuwaini of Zanzibar en:Khalid bin Barghash of Zanzibar
ハリド、ハマドの英語版記事を見ると、「cousin」となっています。この文献でも「cousin」です。
なお、訳文の「暗殺を疑われている29歳の甥、ハリド・ビン・バルガシュ(英語版)が、アリーと結んだ協定に反して、イギリスの承認なしにザンジバル・タウンの宮殿に入った」は主語が「ハリド・ビン・バルガシュ」ですので「アリーと結んだ協定に反して」の部分は他の方法で訳出したほうがよいかと思います。


③ Duration
but the 38-minute duration is the most often quoted.
38分間が最も多く引用されている。
これを裏付ける出典はあるでしょうか。なければないでどうしても必要な記述ではないように思います。


上記とは別に、翻訳の改善余地がありそうな点を挙げます:
- ドイツはザンジバルにおける権益をイギリスに譲渡した[17]。これにより、すでに1804年に奴隷を禁止していたイギリス政府はザンジバルにおける影響力を高めた[18][19]。
This granted the British government more influence in Zanzibar, which they intended to use to eradicate slavery there, an objective they had held as early as 1804.[17][18]
ここは原文を正しく解釈できていません。後半は「英国はすでに1804年にはザンジバルの奴隷制撲滅を目標に掲げていた」という意味です。
あと、まったく間違いではないですが、全体の文脈からすると
- イギリス当局は、同国の権益により好意的であった、
who was more favourable to British interests
は、「イギリスの国益にとって好都合な」あたりでいかがでしょう。
同様の表現で、
- イギリスに対し好意的な傾向を示していた
who was more favourably disposed towards them
も、英和中辞典クラスの辞書に成句として載っていますし間違いではありませんが、やはり文脈にあわせて「より親英的な」としてはいかがでしょう。
ほかに細部の修正余地はあるかもしれませんが、とりいそぎ主要点のみ記しました。--薬師末 業会話) 2017年10月20日 (金) 12:31 (UTC)

関連項目[編集]