Wikipedia:井戸端

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コモンズでの著作権侵害[編集]

どこに書けばよいのかわからないのでここに書きます。コモンズで銚電神2が2018年3月2日に投稿したc:File:EF81型134号機+209系500番台千ケヨM73.jpgこの画像と一致し、無断転載であると主張しています。コモンズでの削除依頼の方法がわからないので、代行をお願いしたいのですが…。--桜螺旋会話) 2018年7月5日 (木) 16:13 (UTC)

報告 著作権違反として即時削除タグを貼り付けておきました。--富士 / Fuji kyosuke会話) 2018年7月5日 (木) 17:58 (UTC)

チェック 無事削除されました。--桜螺旋会話) 2018年7月7日 (土) 11:26 (UTC)

作品記事を出演人物カテゴリにカテゴライズすべきか[編集]

利用者:コロボ会話 / 投稿記録 / 記録氏やIP:128.28.19.61ノート / 履歴 / ログ / Whois IPv4IPv6=IP:128.28.116.182ノート / 履歴 / ログ / Whois IPv4IPv6氏が行っている過剰なカテゴライズをRvしていたのですが、疑問が生じたので質問します。キズナ食堂Category:爆笑問題にカテゴライズされています。これは是でしょうか?非でしょうか?私見では冠番組は是、出演している番組は非だと思います。主演ドラマ・映画や司会をやっているバラエティ番組は、となると是か非か ちょっとよくわかりません。プロジェクト:芸能人でも特にそういうルールは決まっていないようです。皆様の御意見を伺いたく思います。--JapaneseA会話) 2018年7月6日 (金) 13:44 (UTC)

  • 一般論になりますが、カテゴリは記事の検索の補助でもあるので、出演者から番組を検索する意味があればカテゴライズするし、検索する意味がなければカテゴライズしない、という話でしょう。提示された件で言えばどの程度「爆笑問題」から「キズナ食堂」を検索したいか、という話になります。検索したい人が多いのであればカテゴライズして良いでしょうし、検索したい人が少ないのであればカテゴライズは検索のノイズになるのでしない方が良い、ということだと思います。記事では相互に記述があるので、私としてはカテゴライズしていて良いとおもいます。--アルビレオ会話) 2018年7月7日 (土) 01:02 (UTC)

漫画のロゴは良くて、キャラクターの画像は駄目なのか?[編集]

ジョジョの奇妙な冒険 (テレビアニメ)」などで、作品ロゴの画像が使われていますが、これは許可を得た上で行っているのでしょうか? 仮に、ロゴが使用可能だとして、キャラクターのイラストなどを掲載することはNGなのでしょうか? その違いが、自分には分からなくて今回質問させて頂きました。

個人的には、作品を説明する上で、最小限かつ必要性があれば使用すべきようにも思っています。もちろん「引用の条件を満たした上で」です。画像が1~2つあるだけでも、その作品のイメージがかなり分かりますので、多くの作品において「引用の必要性」は満たせるように思います。漫画であれば、コミックス1巻の表紙あたりでも良いように思いますが、これはNGなのでしょうか? --2400:4172:6833:CA00:1D87:209B:5002:C73B 2018年7月6日 (金) 21:56 (UTC)

コメント 「ロゴ」と言っても、ファイル:JoJo's Bizarre Adventure logo.pngについては、あくまで「文字の書体が違うだけ」ということで、日本法でいえば「創作的表現」に入らないものとしてパブルックドメインと解釈されています(画像のファイルページをご覧ください)。同じロゴでもドラえもんのように文字がイラスト化しているようなものは、創作性が入ると解釈すべきでしょう。
一方で、「引用」として画像を上げたい場合には、財団全体の著作権運用方針に従って、それ用の「権利制限法理の適用方針」(EDP)を策定する必要があります。ウィキペディア日本語版にあるEDPとして、Wikipedia:屋外美術を被写体とする写真の利用方針Wikipedia:日本で著作権が消滅し、米国で著作権が消滅していない画像の利用方針がありますが、引用に際しては策定されていません。--Jkr2255 2018年7月7日 (土) 01:23 (UTC)
ファイル:JoJo's Bizarre Adventure logo.pngの画像は、「文字の書体が違うだけ」ではなく、デザイン的に高度な創作物だと思われます。そもそも「多くのロゴは創作物」であり、著作権で守られていると思いますが……。
たとえば「ソニー」や「パナソニック」など、単純に見える企業ロゴなどであっても、その文字と色とフォントなどの組み合わせにより、企業イメージを表現しているように思います。逆に、企業ロゴがOKなのに、漫画のロゴはNGというのも、また違和感を感じます。
やはり、創作性を主張するよりも、引用条件を満たす方向のほうが正しいように思います。漫画やDVDであれば、第1巻の画像については議論なしで掲載可能にするルールを設けておくとか、出来ないものでしょうか? キャラクター画像をOKにすると乱用されることが想定されますが、「第1巻」としておけば歯止めは効きやすいかなと。--2400:4172:6833:CA00:5437:8241:54DB:1037 2018年7月7日 (土) 15:03 (UTC)

コメント 個人的にはジョジョのロゴもデザイン性があるためパブリックドメインにはなり得ないと思うのですが、判断基準はどうなってるのでしょう? 編集者が判断して良いことではないと思いますし、PD-textlogoの範疇を超えているのではないでしょうか。--富士 / Fuji kyosuke会話) 2018年7月7日 (土) 13:34 (UTC)

コメントその法的な可否判断の基準は著作権保護された著作物か否か、前者の場合は権利者から許諾を得られているか否です。対象物の形態と用途上、引用は無関係です。もし投稿者自信がその投稿内容の法的な可否を自己責任で判断できないのであれば、当該の投稿自体が不適切です。

基本的には、その法的な可否判断は投稿者の自己責任でしか為し得ません。なぜなら、パブリックドメインとして投稿された画像が当該画像の権利関係者全員の許諾を適切にクリアした上で投稿されたものであるかどうか、その事実関係は当事者でなければ断定できませんから、二次利用する他の編集者は善意と良識の範囲で投稿者が示した許諾表示を信頼するしかありませんし、それ以上の責任を負わされたのではCCやGFDLなどコピーレフトの許諾表示制度が機能しなくなってしまいます。

ただし、常識的な判断によって許諾表示の不正や著作物の権利侵害が強く疑われるような投稿については二次利用者側の責任も問われかねないので、一種の危機管理として、あくまで善意の第三者である二次利用者の責任を超えない範囲で自主的に削除・非表示化などの拡散防止の対応を行うことは必要でありその方法と基準は既に当サイトの方針に定められていますが、そのようなサイト運営上の自主的な対応基準と法的な責任を伴った判断基準とを混同して論じるべきではないと思います。

したがって、「編集者が判断して良いことではない」というご意見がウィキペディア内での可否判断のことを指しているのであれば、それは法的な裁定とは別個の(判断の参考としては関連しますが)当サイト独自の判断基準の話ですので、編集者が100%判断すべきことです。あるいはそれがウィキペディア日本語版の自主判断基準の話ではなく法的な判断基準のことを指しているのであれば事実認識としてはそのとおりですが、それはつまりコンテンツ投稿者本人以外がそもそも判断の責任を負うべき問題ではありません(「PD」や「CC」の表示が全権利関係者の許諾を確実に得ているか逐一確認しないとコンテンツを二次利用できないのでは許諾表示の意味がありません)。

その大前提のもとで、投稿者各位に対する参考情報として、法的判断の助言を述べることは有益だと思いますが、上記の議論内容ではそこの線引きがきちんと区別されていないように感じました。--ディー・エム会話) 2018年7月7日 (土) 15:58 (UTC)

(補足)それと補足として、引用の可否とEDPは事実上無関係かと思います。なぜなら、日本の著作権法下では、被引用部分だけを独立したファイルとしてアップロードすることはリスクが有り現実的には困難なためです。CCの著作物内で引用を用いることはライセンス上もサイト規約上も当然可能ですが、その場合は逆にEDPが不要なので、いずれにせよEDP適用の有無と引用の使用可否とは無関係ということになります。--ディー・エム会話) 2018年7月7日 (土) 16:30 (UTC)

(連続投稿ですみません)もし私個人が画像投稿者の立場であれば、「Panasonic」や「Sony」のロゴは著作物に該当せず問題ないと判断しますが、「ジョジョの奇妙な冒険」は安全を見越してアップロードはしないと思います。しかし漫画題字の著作物性を逐一断定的に判断できるほどの確実な根拠を持っているわけではないので、この程度のロゴであれば、他の投稿者の方がご本人の自己責任でアップロードされるぶんにはそれを強く制止する必要性もあまり感じませんし、かといって仮にサイト運営上の対処として当該のロゴ画像が削除になったとしても判断の妥当性にさほど違和感は感じません。--ディー・エム会話) 2018年7月8日 (日) 02:06 (UTC)


プロジェクトに従う義務はないのか?[編集]

新木優子ですが、バラエティの単発ゲストは不要だと述べたところ、利用者:Dewiki会話 / 投稿記録 / 記録氏より「「プロジェクト:芸能人」の冒頭には、「これはあくまでガイドラインで従う義務はありません。」とあります。」と言われました。確かに、プロジェクト:芸能人には、そのように記載されています。まず、このように気にいらないプロジェクトに従わない事は問題ないのでしょうか?問題であれば、「これはあくまでガイドラインで従う義務はありません。」のような一文は除去すべきでしょう。次に、問題ないのであれば、プロジェクトはあくまで方法の1つであり、選択する・しないは自由という事でしょうか?で、あればプロジェクトのルールに従う人と従わない人で記事の結果に差異が出てしまうようなルールは撤廃するべきだと思います。方法が違うのは問題ありませんが、結果が違うのは問題です。--JapaneseA会話) 2018年7月8日 (日) 14:45 (UTC)

  • コメント Wikipedia:方針とガイドラインとは違い、強制力のあるものではないことは事実です。しかし執筆スタイルに関していえば各プロジェクトで議論を重ねるなどして作成されたであろうものが多く、当然それらはWikipediaの方針とガイドラインとは矛盾しないものであるのが基本です(でなきゃ誰も従おうとは思わないでしょう)。であるならば、強制力はないにせよ仮に編集合戦や議論になった場合、プロジェクトの執筆スタイルに沿った編集をおこなっている側とそうでない側、どちらに分があるかといえば当然前者となるでしょう。そもそもが、有益な2次資料もないバラエティの単発ゲストを全て掲載することに特筆性があるかどうか、プロジェクト関係なく理解出来そうなものですけどね(Wikipedia:ウィキペディアは何ではないか)。まぁ、きちんとノートでの合意を経た内容などを、プロジェクトのスタイルの自己解釈を理由に覆そうとしたLTAが先日出現したのですが、それはそれでしょうか…。--Aiwokusai会話) 2018年7月8日 (日) 15:04 (UTC)
    • コメント 少なくとも私が野球選手の記事を編集する際はそのスタイルに沿ったものにしておりますし、異なる編集(特にマークアップを使用した経歴の箇条書き)が見られる場合はそれを理由に修正しています。万が一プロジェクトの文章が方針・ガイドライン的におかしいものであれば修正を提案することもあるやもしれませんが、そういったものが見られない限りは基本的にそれに沿った編集が優越されるべきでしょう。かといって方針のように従えとなると、ある程度の議論の余地を残しておくがプロジェクトの役目かなぁとも漠然と考えていました。結局はユーザーの良識の問題だと思うのですが、たとえばガイドラインでさえ「従うことが推奨されますが、方針ではありません。」という部分を教条主義的に利用して、方針でないから必ずしも従う必要はない!と言い放つ人も過去にはいましたね。--Aiwokusai会話) 2018年7月8日 (日) 15:47 (UTC)
    • コメント 言葉が独り歩きしているようにも思えますが、プロジェクトの文章は編集のための一種の指針であることは間違いなくてもWikipedia:方針とガイドラインに出てくる意味でのガイドラインではありませんので、そのプロジェクトに書かれたガイドラインの意味合いと、通常のWikipediaのガイドラインを混同する方が出てくるなら文面を変えるべきかなとは思います。いわゆるノートページで議論を重ねたものに近い性質をもちますが、方針やガイドライン、各ノートでの合意などの方が優先されることは言うまでもありません。--Aiwokusai会話) 2018年7月9日 (月) 05:18 (UTC)
  • コメント プロジェクト:河川の冒頭は、おそらく同じ英文からコピーされているのだと思いますが、「義務があるなどと感じたりするべきではありません」そして「けれども・・・」「つまるところ・・・」で参加者に上手に要求しています。--Triglav会話) 2018年7月8日 (日) 15:22 (UTC)
コメント よくわかりません。Wikipedia:方針とガイドライン#位置づけでは「編集者はガイドラインに従うように推奨されます」と謳いながら、プロジェクトでは「あくまでガイドラインで従う義務はありません」ですから、どっちなんだって話です。そもそもプロジェクト自体が執筆の水先案内なのかガイドライン・方針なのかよくわからないところがあります。--Motoriyo会話) 2018年7月8日 (日) 22:33 (UTC)
コメント ウィキプロジェクトは方針やガイドラインでないため強制力はありません。プロジェクトはあくまで書式の指針です。一人二人の合意、またはソックパペットの被害を受けたなど名ばかりプロジェクトも多数存在するため、内容自体を疑ったほうがよいでしょう。すなわち書式以外の点について、利用者がプロジェクトに従う義務はありません。
  • ガイドライン (guideline)
    • 多くの利用者に支持されている、最善の方法(ベストプラクティス)を集めたものです。編集者はガイドラインに従うように推奨されますが、それについては常識に基づいて判断し、個別の事情に応じて例外を適用してもかまいません
  • ウィキプロジェクト
    • ウィキプロジェクトとは、特定の分野の項目について、それがウィキペディアでどのようなフォーマット(書式)で整形され、どのように説明されるとよいかなどを検討するためのものです。
    • プロジェクトで提案されたものは強制力は持ちませんが、その分野の指針となります。

これがガイドラインとウィキプロジェクトに書かれた説明です。--2403:99DD:6FE5:6E00:805E:33C4:68CE:4D7B 2018年7月9日 (月) 00:53 (UTC)

  • コメント プロジェクト合意は方針ガイドラインの「下」にあるものなので、方針ガイドラインに照らし違法性がありそうな合意には従う必要はありません。実例としてプロジェクト‐ノート:ボクシング#新王者の記事乱立の禁止を提案します。にて人物記事の立項を全面禁止しようとした利用者の提案がありましたが、これはその後提案合意に基づき提出された削除依頼2件で方針ガイドラインに沿わないことが確認され全否定されました。──で。プロジェクト合意はこういった例外的事例を除けば大抵の場合は方針ガイドラインに合致した内容になっている場合が殆どですので、プロジェクト合意に従わない場合、その合意の大本、根本となっている方針ガイドラインに違反する場合があり、プロジェクト合意に反する行動の結果が全ての利用者が遵守すべき方針(例えば徹底的な厳守が求められているWP:BLP)に抵触するなどした際には行動そのものがWikipedia:妨害的編集になる場合があるでしょう。そして、そうでなくプロジェクト合意が「上位の方針に照らして」おかしい、と感じた場合は誰でもプロジェクトのノートページにて議論提起し更に良い形に向かって改訂を行うことができます。 / なんと言いますか、ガイドラインの説明に有るソレはWikipedia:善意にとるに従えば今後のより良い改訂可能性のために残されている文言であって、その一文の字面の上っ面だけを読み取ることしかできない編集者は前述の通り大体の場合に於いて別の方針に抵触しますでしょうから、現状で何ら問題を感じません。◆むしろ現時点でガイドラインとされているものを一律無条件に方針に格上げした場合の方がウィキペディア全体に大混乱を引き起こす悪手でしかないと思います。--Nami-ja (会話 / 履歴) 2018年7月9日 (月) 06:50 (UTC)
  • コメント 追記 方針ガイドラインは移り行き変わっていくものであることは周知であると思いますが、古いプロジェクトの中には合意が古い時代の方針ガイドラインに基づいたまま改訂されない結果、現時点で矛盾が発生しているものがあります。大きなところですと日本語版でWP:Vが方針化されたのは2006年6月ですので、それ以前に何らかのプロジェクト合意をしているプロジェクトの中には検証可能性を重視しない合意が現時点でも残っている可能性もあるかもしれません(例:プロジェクト‐ノート:ボクシング#記事執筆用テンプレートの廃止提案。--Nami-ja (会話 / 履歴) 2018年7月9日 (月) 07:04 (UTC)◆蛇足の蛇足ながら実例前例を追記。--Nami-ja (会話 / 履歴) 2018年7月10日 (火) 12:55 (UTC)
  • Wikipedia:井戸端/subj/プロジェクトの強要について。 ここでの見解が概ねの見解。 汎用的な広範囲をターゲットにするガイドラインでは、漏れてしまったり、舌足らずになってしまう個別分野ごとの懸案や指針をまとめるのが、まずは目的である(合理的な理由に基づくのであれば上位概念に反する規定だって十分にありえる。ガイドラインは憲法で、プロジェクトは条文というわけではない)。その上で、はっきりとした合理性が認められたり、慣習として成立しているとみなせるほど長い期間があるものなら、それを援用することは問題ないし、援用を否定するならプロジェクトの意味がない。合理的な理由があれば規定を無視してもいいのはガイドラインも同じなのだから、当然、プロジェクトも同じ。合理的な理由を示さずに、ただ強制力がないという理由で拒絶するのは、解釈に問題がある。--EULE会話) 2018年7月11日 (水) 11:33 (UTC)
コメント ウィキペディアは規則主義ではないを背景に個別の議論・合意でもって方針文章ですら従わない権利が許容されていて、プロジェクト文章も従わない権利(意見)は許容されるのではなかろうかと。その上で、ある程度の結果収束が期待できないルールは撤廃・改訂を提案するのが望ましいように思います。…プロジェクト:河川の冒頭のスマートさには感動しました。--111.101.40.218 2018年7月11日 (水) 17:45 (UTC)
PJ河川の冒頭にもある雛形文は中々良い文章なのでプロジェクトの規模に関わらず残っているPJがそれなりにありますね(73/227)。本題の焦点となりうる「提案に従う義務があるなどと感じたりするべきではありません」という文面もPJ:AMEPJ:NYを除き残されているようです。ただ、元が雛形文にすぎないということもあり、その旨が形骸化しているPJとかもありそうですね。--ButuCC+Mtp 2018年7月17日 (火) 16:27 (UTC)

あるラジオ番組内の「ウィキペディアを充実させよう」という企画について[編集]

MBSラジオ(近畿広域圏)で現在放送されている、『アッパレやってまーす!』というラジオ番組[3]内の火曜日の企画「松田のウィキペディアを充実させよう」について、編集者の方々に議論を提起します。

当企画は名前の通り、2018年4月より番組の火曜日レギュラーとして出演されている松田大輔さんという方の記事を充実させよう、という趣旨の企画で、番組公式ページによれば2018年4月24日 (火)放送分からスタートした(2018年4月24日 (火)放送分のスタジオ日記)そうですが、公式ページの「スタジオ日記」の毎週火曜日の記述を見る限りでは、百科事典であるウィキペディアの趣旨とずれている企画ではないかと疑問を感じました(これから要所をまとめて説明します。各回の具体的な企画内容については毎週火曜日のスタジオ日記の内容を参照願います)。

各回のスタジオ日記によれば、松田さんのウィキペディアの記事の内容がスカスカであることから、番組のリスナーからの番組宛のメールを参考に記述を増やしていく、という企画の流れだそうです。ただし、番組内でウィキペディアを編集するのではなく、放送をきいたリスナーが、番組内で決まった追加内容を任意で増やしていく(番組は編集を呼びかけるのみ)、という形式をとっているようです。ただ、番組で選ばれた追加内容は百科事典として不適切な内容(番組や番組内企画、個人の宣伝としての利用、BLP違反など)と言わざるを得ないものがほとんどです(5月22日放送分のスタジオ日記など)。

企画開始後に発生した度重なる宣伝により、松田大輔さんの記事は6月27日 (UTC)に保護されましたが、保護された後である7月10日に放送された番組のお知らせ記事[4]によると、「(現在、記事の編集ができない状態であるが)それでもこのコーナーはやります。編集できるようになったら一気に追加しましょう!」と企画を続けていくとしたほか、追加編集が決まった内容を告知した上で「今まで編集してくれた方、保護が切れた段階でまた編集していただけると嬉しいです!」とも呼びかけられています。

以上の内容について、皆さまの考えや今回の問題点、今後の番組企画への対応や該当記事のあり方などについて、議論を提起致します。--W7401898会話) 2018年7月11日 (水) 09:23 (UTC)

なんか追記され削除された内容をみるとえらくグダグダで、こんなのWP:5読んでたら「書き込んじゃマズいよね」という判断が働きそうなものなのですが、まあハッチャケたリスナーからすれば削除された挙句に記事が編集禁止になったことで「なんて狭量なんだ」というところなんでしょうね。ラジオ放送側のディレクターからして意識のもっていき処がずれてるのかも。まあノートページでWP:NOTを紹介してお遊び企画で記事を弄るのはやめるよう呼び掛けてはいかがでしょうか。--夜飛/ 2018年7月11日 (水) 11:36 (UTC)
コメント ウィキペディアに対してのそうした企画があるのは、その番組に限ったことではありません。極楽とんぼKAKERUTVで番組企画として画像のアップロードが行われたこともあります(Wikipedia:コメント依頼/KAKERUTVなども参照)。ある番組が知名度向上を狙ったのか、読者プレゼントを用意して視聴者に記事を編集してもらうということもあったようです。すべてがすべて「絶対ダメ」というわけではありません。番組名が入っている人物画像がアップロードされたとしても、「CC-BY-SAライセンスで使ってもよい肖像を番組制作者であることを明らかにしてアップロードする」というのは、最終的にはプラスに働く可能性もあるわけです。ただし、最終的にそれを使うかどうかはコミュニティが判断することになります。
同じ目的を持ち何かによって集団化している場合は複数の投稿者をまとめてWP:MEATに抵触する可能性が出てきます。「ある番組によって視聴者を動かして、記事を私物化しようとしている」(正式なガイドラインではありませんがWikipedia:カンバスも参照)、つまり「視聴者という数をそろえて暗黙の了解があるかの如く振舞おうとしている」と判断されかねないものと考えられます。
で、関係者であろうがなかろうが、宣伝行為を続ければ「記事の保護」をしますし「投稿者をブロックする」ことになります。2度ほど保護されても同じ行為を繰り返されるようであれば、例えば1クール分(最大で3ヶ月)やそれ以上の保護を設定する可能性が出てきますし、半保護で期限を定めない可能性も出てきます。この辺りは粛々と対処されるだけです。
今回、議論に上がっている人物記事への投稿を見る限りでは、Wikipedia:検証可能性Wikipedia:信頼できる情報源Wikipedia:中立的な観点Wikipedia:出典を明記するWikipedia:ウィキペディアは何ではないかに反した投稿であるのは自明です。井戸端で広く意見を拾うよりも、ノート:松田大輔で編集の注意点を説明するなり、「編集の方向性」と「保護を継続するか」をコメント依頼を使って議論されたほうが良いかと思います。--アルトクール会話) 2018年7月11日 (水) 11:46 (UTC)
コメント 端的に言うならば本人による明確な意志を持ったウィキペディアの中立性と信頼性に対する攻撃行為ですので荒らしを動員・扇動していることと同じで、他同様長期荒らしと同様に方針ガイドラインに基づき粛々と対処するのが最良かと思われます。個人的には日本国民が娯楽目的でアメリカ合衆国の全世界規模国際共同プロジェクトに対し公共の電波を用いて年間200億円規模で運営されているサイトへの攻撃行為を扇動している事実に心を痛めますが、そのような事実関係については扇動に乗せられた一般人リスナーの理解の外で預かり知らぬことでしょうから、ノートページにてそういったことを説明する必要があるとも思います。--Nami-ja (会話 / 履歴) 2018年7月11日 (水) 14:34 (UTC)
コメント 今回の企画の問題点は、「Wikipediaの執筆企画を開催したこと」ではなく、「企画内容がWikipediaの方針に明確に違反していること」です。おそらく開催側がWikipediaの基本理念を理解しておらずSNSや匿名掲示板などと同レベルの感覚なのではないかと思います。7月10日のコメントからいって、企画による編集が問題視されて保護に至ったことも伝わっていないのではないでしょうか。このような事例の場合、Template:告知を記事冒頭に貼付して問題点を簡単に解説し、ノートページなりコメント依頼なりに誘導して議論するようにした方が良いかと思います。この手の問題が頻発するようでしたら、執筆イベントに関するガイドラインを作成するなり、「Template:BLP editintro」のような形で芸能関係専用の告知テンプレートを作成するなり対策が必要になるかもしれません。ただ、現状ではそこまでするほどの規模ではなさそうです。WP:SUGに専用の案内文くらいはあってもよさそうではありますが。--SilverSpeech会話) 2018年7月12日 (木) 03:20 (UTC)

報告 ノートページに注意文を追加しました[5]。ウィキペディアの基本的なルールについては一通り書きましたが、他に必要と思われる注意文があれば、任意で追加してください。それにしても、マスメディアがウィキペディアの方針とガイドラインにそぐわない編集を放送を通じて呼びかけるというのは、公共性の観点から見ても、それが良いことだとは個人的には思いません。ただ、今回はバラエティ番組の企画ということで、現時点ではそれほど深刻には考えていません。皆さんのコメントを読んでいて、やはり方針とガイドラインに基づき、こちらはこちらで粛々と対応するというのが最良の対応策だと感じました。--W7401898会話) 2018年7月12日 (木) 08:50 (UTC)

コメント 上の方で出てきてますが、Template:BLP editintroや、ノートページに対して使用する共通の注意喚起テンプレートの必要性が高まっていると考えられるならば、プロジェクト:人物伝あるいはプロジェクト:放送または配信の番組(あるいは両方)あたりで意見を聞いてみても良いかもしれません。--アルトクール会話) 2018年7月12日 (木) 12:32 (UTC)
返信 (アルトクールさん宛) この井戸端のタグ付けとアドバイス、ありがとうございます。今のところ、そこまで必要性は感じていません。ですが、今後の様子を見て必要性があるなと感じた際は、この井戸端の議論を踏まえて再び皆さまの意見をお伺いする時が来るかも知れません(最近急激に忙しくなってきており、実際に意見を呼びかけてじっくり話し合うだけの時間がとれるかどうか……という、個人的な課題もあるのですが)。--W7401898会話) 2018年7月12日 (木) 16:01 (UTC)

「武家家伝」というウェブサイト[編集]

「武家家伝」というウェブサイト(おそらく個人サイト)が多数、外部リンクとして使われているようです。 東郷平八郎の外部リンク、土持氏の外部リンク、宇久氏の(本文中)外部リンク、豊臣秀吉の外部リンク、など。この他、検索結果はこちらです。これは歴史学者の間では高い評価がある個人サイトだったりするのでしょうか? なお、サイトの構造が分かりにくく、正直、どれがサイト名なのか自信がありません。もしかすると「戦国武鑑」がサイト名かもしれません。主催者については、「播磨屋」がハンドルネームのように見受けられます[6]。 --2018年7月11日 (水) 09:51 (UTC)——以上の署名の無いコメントは、2001:240:2420:a0dd:f5c8:1020:3de5:5320ノート/Whois IPv4IPv6)さんが 2018年7月11日 (水) 09:51‎ に投稿したものです(Nami-jaによる付記)。

コメント 分かりづらいんですが信濃中世武家伝 発刊のページを見る限りでは田中豊茂さんの個人サイトのようで、田中さんは
を執筆刊行しておられる様子でそれなりに執筆書籍内容には信頼性があるのではないかな、と感じます。ただ、出版社などによる第三者監査が行われていない状態での(中立性に欠ける)独自情報源、という点を考慮しますとWP:ELMAYBEが定める『書籍や学術論文などと同等の水準を保っている外部サイトではない?』という可能性があるものであり、リンクするには若干不適当ではないかな、と考えられます。──ただ、WP:ELMAYBEWP:ELNOの掲載条件に合致しない外部サイトリンクの即時除去を求めてはいませんので、リンク先ページ末尾に参考情報なども明記されておりウィキペディア⇒外部リンク先⇒文末参考情報を元に(内容検証を行った上で)更に調べられる、といった読者調べ物の一助に成り得る可能性は否定できず、当該サイトに対するウィキペディア各記事からの各リンクに関しそれぞれで外部リンク先ページ内容を吟味した上で議論が必要になるかもしれないと思います。◆つまり、個人サイトであるという理由により第三者査読が行われないまま公開されている性質上中立性を欠くためウィキペディアの出典としては使用不能ではあるものの、それだけで内容を全否定するには少々惜しいのよく研究された個人サイト、という立ち位置なのではないかな、と。--Nami-ja (会話 / 履歴) 2018年7月11日 (水) 14:14 (UTC)
コメントすでにNami-jaさんがおっしゃている通りと思います・・・歴史や地理に興味がある人なら誰でも知っている昔から有名なサイト・・・だと思いますが、「ウィキペディアのルール上はNGな個人サイト」として扱うほかないでしょう。あくまでウィキペディアのルールのうえでそうなる、というだけであって、このサイトの価値を貶めるものではないです。外部リンクで多用されているのは、大昔のウィキペディアではNGというわけではなかったから、ということが一因でしょう。ウィキペディアの執筆者としては、このサイトで情報を得て、それを基に調べ物をして適切な情報源をみつける、というように利用していくことになります。--柒月例祭会話) 2018年7月11日 (水) 14:24 (UTC)
Symbol comment vote.svg 追記 時系列で考えると先に田中さんの個人サイト立ち上げの実績があり、そのWEBサイト内容の過半が後に(適切な第三者査読を受けて)一冊の専門書籍として刊行された経緯があるものでしょうから、既に記事内で情報源として使用されている場合はWP:ELDUPに基づき外部リンク節ではなく参考文献節に移動された上で各文章末文に出典として使用した事実を明示しなければなりませんけども、そうでなく外部リンクとして単に残すのみであればWP:ELPOINTS1.2.3項、およびWP:ELYES3項に該当しているページですから各リンク元記事のノートでページ内容を吟味し議論、合意に基づき許容可能であるかもしれない、と個人的には思いますと同時に、積極的に除去するべき緊急性はない、とも思っています。--Nami-ja (会話 / 履歴) 2018年7月11日 (水) 16:48 (UTC)

自分の使っていないアカウントを発見しました[編集]

おそらく数年前に自分で作成したと思われるアカウント利用者:Haluhaluhaluを先ほど発見いたしました。 今後利用していく予定はないのですが、投稿ブロック依頼を提出した方がいいのでしょうか?—QuietJapan会話) 2018年7月11日 (水) 10:22 (UTC)

コメント ご自身の利用者ページにそのアカウントをもう利用しないということを明記した上で記載しておけば問題ないと思います。やざわざブロックしてもらう必要はないでしょう。--富士 / Fuji kyosuke会話) 2018年7月11日 (水) 13:06 (UTC)
コメント 「パスワード紛失により再ログイン不能になった自分自身の旧アカウント」といった重大かつ明確な理由がある(再ログイン、パスワードの変更が不能になってしまっていることで、他人が偶然ログインできてしまう可能性が永久に残る)場合はWP:DOPPELGANGER(危うくなったアカウント(Compromised accounts))の適用で投稿ブロック依頼を行うことができます(適用は一律、一発無期限ブロックになります)。参考までに、当方の前アカウント自己申請無期限ブロック依頼の履歴はこちら。──なお正当な理由なき複数アカウントの所持は原則禁止されておりますので、できればWP:SOCK#NOTIFYに従い、利用者ページにそのアカウントが自分の前アカウントであることを示し投稿履歴を開示しておくとより良いでしょう。--Nami-ja (会話 / 履歴) 2018年7月11日 (水) 13:47 (UTC)
コメント 同一性の証明が完全には出来ないのでブロックの類はせずともよいでしょう。QuietJapanさんの場合は何となく同じだとは思えますが、ログインできない以上証明のしようがありません。QuietJapanさん以外の場合を考えてください。悪意ある利用者が、既に編集を辞めてしまった利用者のことを、自分自身が以前使用していたアカウントだと詐称することが考えられるからです。そのような悪意ある利用者は多くいるので徒らにブロックを許可すべきではありません。ログインできる場合は過去に使用したアカウントに対してブロックがされてもよいかもしれませんが。自分の過去のアカウントがあり現在ログインできない場合は、現在のアカウントに過去のアカウント名を明記するだけがよいでしょう。--2403:99DD:6FE5:6E00:A81A:28F6:D2F4:BCA9 2018年7月12日 (木) 06:36 (UTC)

報告こんにちはQuietJapanです。実は、アカウントを見つけたのはPC内のアカウント管理からでした。なのでこのアカウントは私QuietJapanのものです。これから、双方のページにアカウントの関係性についてと、今後このHaluhaluhaluのアカウントを使用しない事を明記したいと思います。皆さま本当にありがとうございました。—Haluhaluhalu会話) 2018年7月13日 (金) 09:48 (UTC)

記事本文の時刻のタイムゾーンについて(UTCに統一すべき?)[編集]

平成30年7月豪雨のページを見ていてふと疑問に思ったのですが、日付や時刻がJSTで書かれています。「現地時間」という断り書きもないようです。 日本語版Wikipediaでは原則的にUTCを使うべきで、署名や更新時刻などもすべてUTCで統一されているのはそのポリシーによるものだというのが個人的な理解でした。以前にシステム時刻をJSTにしようという提案があった時は「日本語版Wikipediaは日本版Wikipediaではないから日本時間を特別視する理由がない」「日本列島に在住しない日本語話者のことを考慮しない独善的意見」「国家と言語圏を混同した最悪のPOV」と非常に厳しい批判を持って退けられ、それを見ていてなるほどもっともだと納得した記憶がたしかにあります。ただ、その議論のログがちょっと見つからないのですが(なにしろ「UTC」で検索するとものすごい量のノイズが出てきて…)。 私の記憶通りなら、先の議論を踏まえると本文の時刻も、日本列島非居住の日本語話者を考慮して原則UTCにするか、せめて現地時間であることを明記するのは当然であると考えます。しかし、冒頭に出した豪雨記事も含めて、どうも実態はそうなっておらず説明抜きにJSTを使用している記事が横行している印象です。

相談としては、これをUTCに修正するor「現地時間」の但し書きを加える編集を目につき次第やっていくべきか、ということです。理念的にはそうするべきということになるのでしょうが、実態も合ってないし、根拠文書が見つからないためこちらで相談します。よろしくおねがいします。QQ81会話) 2018年7月12日 (木) 06:55 (UTC)

コメント QQ81様、こんにちは。記事本文中における日付と時刻の表記の基準とするタイムゾーンについては、9年前にプロジェクト‐ノート:時制システム合意形成#記事中の年月日・時刻の時制で提起されていますが、その後の進展がみられません。また、ご記憶の議論のログは、Category:井戸端の話題/年月日・時間か、その下位カテゴリ辺りに見つけられるのではないかと思います(一番近いと思われるのはWikipedia:井戸端/subj/UTCからJSTへの変更Wikipedia:井戸端/subj/日付と時刻)。
ご相談に対しては、「ウィキの既定」としてのUTCと「本文の時刻」は区別して考えてはどうでしょうか。本文の文意・含意を適切に読者に伝える上で、UTCを選ぶか、JSTを選ぶか、はたまた別のタイムゾーンを選ぶかの裁量を個々の編集者に認めるだけの自由はあってよいと思います。たとえば、兵庫県南部地震が早朝に発生したことが、阪神・淡路大震災について記述する上で重要な意味を持っている部分が実際の記事中に垣間見られます。もし地震発生時刻を「1995年1月16日20時46分 (UTC) 」と表記してしまうと、早朝にあった、ということに関する読者の理解を妨げてしまうおそれがあります。この場合はJST=UTC+9表記が妥当でしょう。もちろん、記事やその内容によっては、別のタイムゾーンで表記する方が適切な場合も当然あると思います。ただ、一つ気をつけたいのは、どのタイムゾーンを採用するにせよ、読者に誤解・誤読を与えないような工夫は必要でしょう。ご提案のように、記事の冒頭に「この記事では、特に断りのない限り、日付と時刻はJSTで記す。」などと断り書きを入れるのも一案でしょうね。--Doraemonplus会話) 2018年7月12日 (木) 09:52 (UTC)
コメント 全世界的に同時進行した事象など、どこを「現地」とすべきかはっきりしないような場合を除き、記事に記載する時刻は現地時間で良いと思います。世間の常識としてそうなっているのが一番自然ですし、それで誤解するような人も普通はいません。ネット上で議論する時にUTCを使うのは、どこを「現地」とすべきかはっきりしないための便宜的な措置ですから、「現地」がはっきりしている時の参考にはなりません。--Dwy会話) 2018年7月12日 (木) 10:02 (UTC)
コメント WP:JPE#時刻に何も言及がないので、常識的判断で良いんじゃないでしょうか。日本に関する記事の99%はJSTで考慮していると思いますから(インターネットでの出来事はUTCも多い)、わざわざそれを明記する必要もないと思います。むしろ、『JAWPの記事はJSTで書くこと。JST以外の場合は断り書きを入れること。』なんてガイドライン化する必要もないし、暗黙のままで良いと思いますが。ガイドライン化してなにかメリットがあるのか?って事です--Kyuri1449会話) 2018年7月13日 (金) 16:32 (UTC)
皆様コメントありがとうございます。Wikipedia:井戸端/subj/UTCからJSTへの変更が正に探していた議論のログでした。毎日新聞の誤報に端を発した議論で、冷静な議論にならない恐れのため今なにか決めるのはやめようという流れで有耶無耶になっていたんですね。結局記事本文のタイムゾーンをどうするかというガイドラインは「ない」ということのようで、Doraemonplusさんがおっしゃるように、記事ごとにわかりやすいタイムゾーンを選ぶしかないという状態が現状のステータスであることもわかりました(個人的には地震発生時刻やタイムラインのような諸元的データはUTCで、「早朝発生」のような情報は本文で補うべきと感じますが)。ただ、Dwyさんの「世間の常識」、Kyuri1449さんの「常識的判断」については、まさにそれこそがJST地域在住の日本語話者の常識にすぎない独善であるという批判があって、そのためシステム時刻をUTCで堅持していることとの整合性に疑問があります。JSTを特別視しない非JST地域在住の日本語話者は、タイムゾーンが明記されない時刻を見て「システムがUTCなんだからこれもUTCだな」という誤解をするかもしれません。そのことへの配慮が(システム時刻では必要だが)本文では不要、ということにはならないように思います。QQ81会話) 2018年7月14日 (土) 00:07 (UTC)
コメント お探しのログが見つかってよかったです。さて、一つだけ気になったのですが、私は、DwyさんとKyuri1449さんのおっしゃる「常識」というのは、「JST地域在住の日本語話者の常識にすぎない」とは思いません。私はDwyさんと同様、現地時間で記すことこそ常識的だと思います。日本語よりも広く世界中に普及していて when に敏感であろう英語話者が主に読む English Wikipedia ではどうかというと、ガイドラインであるスタイルマニュアル en:Wikipedia:Manual of Style/Dates and numbers#Times of day の Time zones の項に、仮訳:「出来事が起こったところの等時帯に合った日付と時刻で記せ。」 (”Give dates and times appropriate to the time zone where an event took place.”) とあり、Dwyさんが述べられた「現地時間」主義が採られていることが伺えます。また、複数のタイムゾーンを併記するのが最適な解決策である場合があることも同スタイルマニュアルには書かれています。これは、WP:POVにも適っている考え方だと思います。「現地」が不明瞭な場合の事例については上記スタイルマニュアルをご覧ください。あくまでこれらは英語版での話で、日本語版ではまた事情が異なるかもしれませんが、いずれにしても、どこかの国の標準時に合わせるのは独善的だから協定世界時に統一せよ、という視座では考えられていないわけです。極端な話をすれば、現地時間(各国の標準時)を差し置いて協定世界時(もとを質せばGMT)で書くのさえも独善的だ、と見なされるなら、終いにはスウォッチ・インターネットタイムに行き着くでしょうね(無論、現実的ではないですが)。実践としては、WP:JPE#西暦・和暦も加味して、和暦を併記した日付に対してはJSTで合わせ、特定の地域に依存しない出来事に関してはUTCで合わせ、いずれか一つに絞れないと判断されるときは両論併記、といった対応がまず想像できます。--Doraemonplus会話) 2018年7月14日 (土) 03:45 (UTC)
コメント 日本メディアが日本向けに日本語で情報提供する際の常識・在り方と、グローバル百科事典がグローバル向けに日本語で情報提供する際の常識・在り方は別でしょうが、秀逸・良質な記事レベルの記事品質であれば現地時間で記述してタイムゾーンの但し書きが望ましいように思います。ただ、絶対的な時刻(UTC)で記載することに意義があることもままあるし、歴史的事項(例えば「1600年10月21日 関ヶ原の戦い」)にタイムゾーン明記はナンセンスですし、そのあたりを整理したガイドライン化は難しい気がします。タイムゾーンの但し書きを記載していくだけの雑草とりもあまり歓迎されなさそうですし、何かの編集のついでにタイムゾーンの但し書き追記が良いかなと思いました。秀逸・良質な記事レベルの記事には必ず但し書きが望ましいという意見ではなく、早朝・真っ昼間・深夜などその事象が起きた時刻の現地時間に特筆性があるなら但し書きが望ましいという意見です。--118.243.155.83 2018年7月14日 (土) 06:25 (UTC)下線部追記--118.243.155.83 2018年7月14日 (土) 06:46 (UTC)
情報 放送分野では原則として当該地域の標準時を用いる旨、ガイドラインに示されています。タイムゾーンが読者に分かり辛い場合のみ、「日本時間○月○日○時」や「米国東部時間○月○日」のように国や地域を書き添えることになっています。他の分野は存じませんが、ご参考まで。--ディー・エム会話) 2018年7月14日 (土) 06:37 (UTC)

IPアドレスについての初歩的な質問です[編集]

記事の履歴表示や署名に表示されるIPアドレスについての質問です。動的アドレスとかいうので、接続するたびにIPアドレスが変わるのは分かるのですが、以前連続して編集しているのにIPv4IPv6の両方のIPアドレスが記録されたことがあります。それも、IPv6のアドレスA→IPv4のアドレスB→IPv6のアドレスAというように最初のアドレスと3番目のアドレスが同じでした。このような現象がなぜ起きるのかご存知の方がおられたらお教えください。--2001:268:C02C:7F4C:5158:2FDC:C85B:F94F 2018年7月14日 (土) 00:51 (UTC)

  • 推測はできるのですが、実際にどうだったかはお使いのクライアント端末とプロバイダにより違っている可能性があることはご承知ください。さて、ウィキペディアをご使用の場合、プロトコルとしてはHTTPを使います。このプロトコルは、例えばリンクをクリックして応答画面が表示されるまでが1回のコネクションです。従って1回のコネクションの時間は秒オーダーです。コネクションごとにIPアドレスを割り当てなおしていては煩雑なので、普通は1度割り当てたIPアドレスは数十分から数時間のオーダーで再割り当てせずに使います。契約形態などにもよりますが、IPアドレスの割り当てではIPv4アドレスとIPv6アドレスの両方を割り当てます。これは接続先がIPv4だけの場合やIPv6だけの場合に対応するためです。ウィキペディアにはIPv4でもIPv6でも接続できますが、多くのクライアントはIPv4で接続してみてうまくいかなければIPv6で接続してみるとか、その逆にIPv6で接続してみてうまくいかなければIPv4で接続するようになっています。で、質問者さんの場合はIPv4アドレスとIPv6アドレスが割り当てられている状態で、1回目にアドレスが記録されるときはIPv6で接続し、2回目にアドレスが記録されるときはIPv4で接続し、3回目はIPv6で接続されたため、ご質問の結果になったと考えられます。--アルビレオ会話) 2018年7月15日 (日) 05:45 (UTC)

外語表記について(法人名、商品名)[編集]

「ノート:Twitterr」の「『ツイッター』で記事名を変えましょう」にもコメントとして書きましたが、日本語圏では、法人名はカナ表記で、商品名は(特にIT関係では)原語表記のままであることが多いように思います。例えば法人名「マイクロソフト」社はカナ表記されますが、その商品は「ウィンドウズ」とカナ表記する場合もあります(とくに新聞など)が「Windows」のように原語のまま表記されることが多いように思います。仮にそれに従うとすれば、Twitter という記事は商品のことを指しているようなので、記事名はそのままでも良いかと思いますが、法人としてのツイッター社はカナ表記であるべきだと思います。そのため本文をそのように書き換えました。(自分としては、このような表記分けは商品と法人のどちらについて言及しているのかを明示する意味もあります。)ただしこの表記文字の仕方についてはウィキペディア日本語版では統一されていないようです。参考までに法人名についてわずかな数ですが現状はこうなっています。

法人 ウィキペディア日本語版での記事名
アイビーエム(IBM IBM
アシックス(ASICS アシックス
アップル(Apple アップル (企業)
アイロボット(iRobot iRobot
イケア(IKEA イケア
ウーバー(Uber Uber
エムスリー(M3 エムスリー
グーグル(Google Google
ジンズ(JINS ジンズ
ダノン(Danone ダノン
チューリッヒ(Zürich チューリッヒ保険
ティーエスエムシー(TSMC) TSMC
テスラ(Tesla テスラ (会社)
トートー(TOTO TOTO (企業)
ネスレ(Nestlé ネスレ
パナソニック(Panasonic パナソニック
フォード・モーター(Ford Motor フォード・モーター
プロクター・アンド・ギャンブル(P&G) プロクター・アンド・ギャンブル
フォルクスワーゲン(Volkswagen フォルクスワーゲン
ブリヂストン(Bridgestone ブリヂストン
マイクロソフト(Microsoft マイクロソフト
リクシル(LIXIL LIXIL
モンベル(mont-bell モンベル
ヤフー(Yahoo! ヤフー(日本法人)、
Yahoo!(米国法人)
ライン(LINE LINE (企業)

ウィキペディア日本語版として指針が必要なのではないかと思いますが、ご意見がありましたら、よろしくお願いいたします。--テレワーク会話) 2018年7月14日 (土) 09:36 (UTC)

コメント 統一基準をつくるとおそらく指示に肥大化にしかなりません。「日本語話者の間で」どちらが良く使われるのかを判断して書くのが慣例になっています。法人名で行けば、まずは「法人名の登記上の正式名称」を優先します。例に挙げられている「TOTO」は東洋陶器から法人名を変えた際に登記上も「TOTO」にしています。また、トイレなどに使われるブランド名の「TOTO」にしても「トートー」と書かれたりすることはほとんどありません。登記上の正式名を用いているのは「パナソニック」「LIXIL」「LINE」「ブリヂストン」なども同じです。ブランド名を記事名にしているのではなくて、法人を記事とするため、この場合のガイドラインはこの正式名称に従うことになります。
「ネスレ」は日本外の企業でありますが、日本法人が「ネスレ日本」ですから、「Nestlé」を記事名にする必要がありません(「ネスレ」が一般的に知られている固有名詞と判断できる)。
一方で「IBM」は日本法人が「日本アイ・ビー・エム」ですが、公式でも「日本IBM」を用いていることや、「IBM」が一般的に使われている(単語ではなくて、頭文字をとったI・B・Mで読みに変化が見られない)ことからも、IBMを用いて差し支えないといえます。そもそも、日本語環境下でフランス語の表示環境が未熟であることを考慮しても、ネスレとIBMを同じ日本国外企業だからの一般論で片付けるのは難しい問題でもあります。
yahoo!とヤフーについてですが、これは米国法人と日本法人を区別する必要があって、表記が異なるのであれば無理に米国法人を「ヤフー」にする必要はないという判断と考えることができます。そもそも、米国法人を指して「ヤフー」と呼称している資料を用意できるのか?という疑問も出てくるわけですね。
マイクロソフトについては正式名称及び日本での一般的な呼称に準拠です。また、OSの商品名である「Windows」はウィンドウズも資料によっては散見できるかもしれませんが、マイクロソフトが日本語で行っている商品に対する記述は一貫として「Windows」のままです。日本語として、ウィンドウズと読むとしても、対外的記述はWindowsが一般的であると判断できます。Windows10が「ウィンドウズテン」と日本語表記されて売られているわけではありません。
指針としても何も「記事が法人に向いているのか、商品(ブランド)に向いているのか」で全く話が異なるわけですから、どっちかで書けみたいに指針を整備するのは意味がありません。
で、最初の問題点にあるTwitterですが、ではTwitter, Inc.は、法人を指すときに「ツイッター(社)」を用いているのか?という話です。サービスも同じ、法人も同じであれば記事名としてはどちらかあるいは両方を曖昧さ回避すればよい話です。ノート:アップル (企業)でにおける「法人としてのApple, Inc.の記事名をどうするか」と同じような議論をTwitterで行ったらいかがですか?--アルトクール会話) 2018年7月14日 (土) 10:26 (UTC)

コメント 要するに「ウィキペディア日本語版では統一されていない」ことを不満・起点としてのご質問のようです。ですが、「統一されていな」くてよいのです。なぜならば、現実世界で多様な表記が混在しているからです。WP:CRITERIAは、「最も一般的・著名」を原則のひとつにしています。それがアルファベットだったりカタカナだったり漢字だったりすれば、ウィキペディアでもそうするだけです。もしも仮に、フランス語やロシア文字やアラビア文字で記された商標が日本で一般的になったなら、それが記事名に採用されることになるでしょう。--柒月例祭会話) 2018年7月15日 (日) 06:17 (UTC)

コメント こんにちは。まず「強制的な統一基準」は困難と思いますが、推奨(優先順位ガイド)としての「統一基準」はあるべきと思います。現在はWikipedia:記事名の付け方#法人・団体名があり、「外国語の法人・団体名については、公式な日本語表記又は一般的な日本語の出版物等に使われる表記を使用することとし、これらが不明な場合は原則としてカナ表記とする」などがあります。なお原則は、記事名は略称より正式名称ですが、英語版でも「IBM」[7]「AT&T][8]等は略称が、「FBI」「CIA」等は正式名称が使用されています。また日本法人の場合、少なくとも以前は登記上の制約でアルファベットが使用できず、その企業の意向だけではありません。記事名ではNTT-ME日本アイ・ビー・エムなど、どちらを選択するかは分かれています。商品名の場合、日本語版での製品パッケージには昔から(2.0から)「Microsoft Windows」と英語表記な点も判断基準と思います(Microsoft日本法人のドキュメントは翻訳の関係もあり混在ですし、新聞はコンピュータ分野に詳しくない人も対象なので意図的に「ウィンドウズ」等も多いです)。つまり用語は、読者や意図によって使い分けられています(日本語に限らず)。個人的には「強制的な統一基準」を策定して一斉実施する事は実現可能性が低いと思いますが、必要ならばWikipedia:記事名の付け方を改善していき、分野ごとに徐々に標準化していく(特にガイドに相違するものから改名提案して順次議論・合意していく)という形ならば、望ましいと思います。--Rabit gti会話) 2018年7月15日 (日) 13:45 (UTC) (追記)テレワークさんの最初の発言を読み返してのコメントです。(1)「アイビーエム」は登記上は「日本アイ・ビー・エム株式会社」なので、日本語カタカナの場合も「・」(中黒)を入れるかどうかの話もあります。(2)「Microsodt」「Windows」「Excel」等も、知名度が低い時はカタカナで、知名度が上がると製品パッケージに書かれた英文で書かれる傾向があります。他方「IBM」「AT&T」「hp」「NEC」など略称の方が有名な場合は、文字数を減らす意味でも略称が多く使用される傾向があります。ノートで改名議論の際は、どれが「日本語話者の大多数にとって、最も曖昧でなく、最も理解しやすいもの」なのか、議論になる事が良くあります。--Rabit gti会話) 2018年7月15日 (日) 14:05 (UTC)

ここ最近のCite出典について[編集]

ここ最近、Cite newsおよびCite webにおいて、

{{Cite news|url=|title=タイトルバーのまま提示|accessdate=|work/publisher=newspaperは使われない|language=全出典が日本語だけであっても入れられる}}
{{Cite web|url=|title=タイトルバーのまま提示|accessdate=|work/website=publisherは使われない|language=全出典が日本語だけであっても入れられる}}

のようなCite書式を、編集者がIP・アカウント、問わず多数見かけます。これには大体以下のような問題点があり、

  • newsおよびwebの使用基準が定まっていない
  • newsではworkまたはpublisherの使用基準が定まっていない
  • webではworkまたはwebsiteの使用基準が定まっておらず、websiteであればアドレスの一部にしている
  • dateが入れられない(Wikipedia:出典を明記する#ウェブサイトを出典とする場合#名無しリンクを避ける(WP:WEBREF)においては記事名・配信元・記事がいつ作成されたのかあるいはいつの時点での情報なのか、閲覧日よりもまたは同時に配信日を記入することが求められています。このパラメーターは必須となっておらず、webではaccessdateが必須となっています)
  • 配信元をtitleとwork/publisher/websiteのわざわざ2つも記入するまでも無い
  • 全出典日本語ならわざわざ記事が日本語あることを入れるまでも無い

僕が諸事情により一時Wikipedia日本語版での活動ができず復帰した際に、それまでの新規作成記事のメンテナンスを行う際に、上記問題点を伴うCite出典を多数見かけ、これの修正のために僕の作業が増えています。dateの補強すらも僕以外に行う方がほとんどおらず、これをどうにかしなければならないと思っています。僕は本コメント時点でまだ新規作成記事のメンテナンスが残っていますので…。--ディークエステン会話) 2018年7月15日 (日) 15:02 (UTC)

コメント WP:NOTREQUIREDの原則がありますので、利用者は自身の限界を超えて出来ないことはやらなくて良いのですが。どこかから委託を受けて報酬を受け取っていたとしても個人事情であり、ウィキペディアは利用者にそれらを求めてはいませんから。その前提で「自分のキャパシティをオーバーしたので助力を求めたい」ということであれば、履歴からそのように行っている編集者を探し対話して修正を求めるのが早道ではないでしょうか? / もう少し具体的に『それらの編集行為を放置することでウィキペディアにどんな問題が発生するのか』を詳らかにすると、例えばWikipedia:bot作業依頼など迅速・合理的な対処を求めやすくなると思います。--Nami-ja (会話 / 履歴) 2018年7月15日 (日) 15:50 (UTC)
  • コメント Cite webのdateについては「Wikipedia:出典を明記する#刊行年月日」に《ウェブサイトの場合、その文書が作成された、もしくは最後に更新された年月日を記載する。年月日が明記されていないなどでわからない場合は省略可能。》とあります。dateはいつ記載されたか(≒いつ時点の情報)であるのかという意味で重要ですが、ウェブサイトでは不明な場合も多いので省略可能とすることはやむを得ないでしょう。Wikipedia:出典を明記する#ウェブサイトを出典とする場合(WP:WEBREF)では公開日の記載が求められていますが、不明な場合にも公開日を入れろという強制力はないようには判断します。(わからないものを入れろというのは無茶)
    編集フィルターで「利用者に警告を与えてからこれらの対処操作を発動する」や「後で再検討するために編集にタグを付ける」という対応は検討の余地があると考えますが。--iwaim会話) 2018年7月16日 (月) 12:28 (UTC)
  • コメント languageはあっても害はないのだから気にしなくていいのでは?--iwaim会話) 2018年7月16日 (月) 12:30 (UTC)
  • コメント 《配信元をtitleとwork/publisher/websiteのわざわざ2つも記入するまでも無い》はその通りですが、害はないので修正が苦になるのであれば放置でいいのでは? 使用基準については定めれば「何をいれることが適切であるのか」ということは明確化するかも知れないけど、それに従う人ばかりではないことは容易に想像できます。そして、使用基準から逸脱しても百科事典としてはそれほど問題とはならないので、仮に修正が苦になるのであれば放置でいいのでは? 苦にならない人が粛々と修正するのはご自由になさればよいかと思いますが。--iwaim会話) 2018年7月16日 (月) 12:46 (UTC)

モバイル編集、モバイルウェブ編集ユーザーによる連続投稿はどこまで許容されるのか[編集]

Wikipedia:管理者伝言板/投稿ブロック#2018年7月11日 - 20日新規報告に報告しているIP:119.231.183.225ノート / 履歴 / ログ / Whois IPv4IPv6ですが、宮本佳林での連続投稿が止まりません。すでに同IPユーザーによる編集は100版を越えており、対話も無視している状態ですが管理者による対処は行われていません。そこで根本的な疑問なのですが、モバイル編集、モバイルウェブ編集ユーザーによる連続投稿はどこまで許容されるのでしょうか。--Motoriyo会話) 2018年7月15日 (日) 22:14 (UTC)

モバイルの場合、基本は節編集がポイントになるかと思います。全体に手を入れたいが、節ごとに編集せざるを得ない場合に、結果として連続投稿になるのは仕方がないです。つまり、言い換えれば、同一節にすら、何度も何度も編集を繰り返す場合は、モバイルなど関係なく、問題があるように思います。また、内容の実質的な追加や訂正ではなく、些細な語彙や語調の修正を繰り返すというのも、本来はローカルでやるべき校正作業です--EULE会話) 2018年7月15日 (日) 23:21 (UTC)
EULEさんのご意見は穏当なものであり、その通りです。でももう少し突っ込んでいえば、モバイル端末を使っていてもPC利用者と同じ表示(デスクトップ)にできるわけですから、モバイルもPCも区別せず、だめなものはだめだと言えるのではないでしょうか。--Haifun999会話) 2018年7月16日 (月) 13:46 (UTC)
対象記事の大きさにもよりますが、そもそも、画面の大きさ、メモリの問題などのハード的な制約によって節編集を肯定せざるを得ません。むしろ、下手に一度に全体編集をやられるよりかも、ミスが少なく、結果として編集履歴が減る蓋然性が高いと思います。
そもそも論としては、一定の質が要求される公開文章を制約の大きなスマホで作成するということが、もう私からしたら考えられないのですが、卒業論文をスマホで作る者もいるご時世ですし(まあ、これは論文ほどの文章をスマホで作成しているというより、学士といえどスマホで作れる程度の論文がアカデミックに横行していると言った方が適切なのかもしれませんが)、そもそもウィキペディアが機能としてモバイル編集を提供している以上、そこは所与の前提として踏まえねばならないです。--EULE会話) 2018年7月16日 (月) 16:31 (UTC)
  • 横から失礼 横から失礼 これ、僕にはWikipedia:新規参加者を苛めないでくださいに触れていると思うのですが。Special:Diff/69194537は「無知を非難した敵意のあるコメントや高圧的なコメント」と受け取られても仕方ないと思います。本当なら、あそこでアカウントの取得と利用者サンドボックスの案内、をするべきだったのではないでしょうか。また、その次は対話拒否によるブロック警告、しかも報告済み。これは、高圧的な脅迫、と受け取られても仕方ないのではないでしょうか。IP側にも問題が大きいのは確かですが、周りの対応にも問題が大きかったのではないかと思います。
  1. プレビュー機能の案内
  2. アカウントの取得と、利用者サンドボックスの案内。Template:InuseTemplate:工事中も併せて案内するとベスト
  3. このままだと、対話拒否としてブロックされる可能性が高いので、一度編集を止めて、返信してください。
  4. 対話拒否として、報告しました。
このようなプロセスを取るのが、理想だったのではないでしょうか。プレビュー機能だけの案内では、「編集を保存できないから」と流してしまった可能性も有ります。そして、バカにしたように感じられるコメントを受けて、「でも保存できないし」と流してしまった可能性も有ります。そもそも、対話拒否がブロックに繋がる事すら、知らなかった可能性も有ります。来たばかりの人が、その場の常識を知らなくても、それは当然です。ですから、「新規参加者には、親切に、礼儀正しく、そして根気を持って接しなければなりません」と上述のガイドラインには書かれているのではないでしょうか。
今回の一件ですが、今からでも、穏便な解決法を試みる事は、出来ないものでしょうかね?--119.224.170.248 2018年7月16日 (月) 17:14 (UTC)
コメント 本主題は「モバイル編集、モバイルウェブ編集ユーザーによる連続投稿はどこまで許容されるのか」であって「IPユーザーに対するMotoriyoの対応に問題は無かったか」ではありません。もし私の行動を問題に思われるのであれば、コメント依頼を提出してください。--Motoriyo会話) 2018年7月16日 (月) 22:29 (UTC)
コメント 「文章に一定の質が要求される」ことと「スマホは制約が大きい」は直接関係ないこととは思うのですが(PCで作れる文章がスマホで作れないわけではないし、誤字のしやすさを考えてもどちらにせよ後からきちんと見直せば良いこと)、これについてのEULEさんの言及はこの議論に必要な話ではないと思うので、結論として肯定側に立つとしてもここでそのような話をするのは控えたほうが良いと思います。
本題に入りますが、モバイル編集だと節ごとの編集になりやすいことは確かですが、それを加味してその利用者の連続投稿が多いか少ないか考えれば良いのではないでしょうか? 同じ節にも何度も連続投稿していたり、ひとつひとつの編集が細かすぎたりすればモバイル編集でも変わらず問題になり得るでしょう。逆に節ごとに編集をしていてもきちんとそれで編集を完結させていれば、5連続投稿とかまでならまあ許容される範囲なのではないでしょうか(記事の節数にもよる)。本件の場合はIP:119.231.183.225ノート / 履歴 / ログ / Whois IPv4IPv6さんの連続投稿の度が過ぎているかと思います。一方こちらの議論に参加されているIP利用者さんが言うとおり、トークでの注意が少し高圧的すぎるようにも見えました。このような場面で少し高圧的になるのは1人2人の問題ではないと思うので、必要に応じてまた井戸端に「連続投稿をしてしまう利用者への対応について」の議論を立てるのが良いのではないでしょうか。
少し話が逸れますが、モバイル編集でもURLの末尾に「?action=edit」を付け足すと全体の編集ができることを発見しました[9]。これを広めてうまく利用すれば「節ごとにしか編集ができない」問題の根本的解決にもなり得るのではないでしょうか。まあこれをスマホいちいちURLに打ち込むのは面倒ではありますが。キーボードに辞書登録すれば便利かも。--富士 / Fuji kyosuke会話) 2018年7月17日 (火) 02:09 (UTC)
返信 失敬。まず、話の流れをご理解ください。私は節編集も反対するHaifun999氏に対して、その理由を説明しているのに、直接関係ないなどと言うのは、私は話の流れを理解できてませんと喧伝しているようなものです。その上で、氏の「PCで作れる文章がスマホで作れないわけではない」で始まるご意見については、そのような机上の空論をもって運用を論じることは問題が大変多かろうと存じます。そもそも校正(正確には校閲)というのは単なる誤字や表記ミスなどを拾うことだけではありません。文章構成、論理展開、内容の重複、そういった文章全体のものも含めた話であり、通常は全体を読んで理解・把握し、達成しうるものです。そうした時に、具体的に上げております通り、ディスプレイの大きさというのは非常に大きな制約となります。別にスマホに限らず、ディスプレイの大きさが文章読解や作業効率に影響を与えるなどという話は学術的にもありふれたものであり、わざわざ具体例で「ディスプレイの大きさ」と挙げている相手に対し、単に「PCで作れる文章がスマホで作れないわけではない」で反対意見を述べるのは、議論の作法としても非常に分が悪いです。確かにスマホで作れないとは申しませんが、例えばPCで5分程度で見直しができるレベルの文量を、スマホも同じく5分で見直しできるかといえばそんなわけはない。15分や20分、30分はかかるかもしれない。その時に、それだけの時間をかけてPCと同じ質まで高めてくればそれは大変望ましいことですが、実情としては、5分、10分で切り上げてしまう人が多いのが関の山でしょう。できる可能性があることと、実際にそうなる蓋然性が高いことはまったく別物です。運用に関する話題に関して、そういった観点のない安易な想定は、有害でしかありません。また、同じく私が挙げた「メモリ」もそうですが、PCだって古いものだと大規模ページの編集に難儀する話を聞くのに、ハードとして明らかに落ちるモバイルではそういった運用を考慮しないなどというのは愚論です(氏はそこまで言ったつもりはないのかもしれませんが、具体的な要素を挙げている意見に対して、抽象論で切り捨てるようなコメントをしたら、そう取らざるを得ないことをご理解ください)。
Nami-ja氏への返信でも述べておりますが、モバイルでの編集というのは、もう所与のものとして運用を考えなければなりません。しかしながら、PCよりもモバイルの方が制約があるということも前提に考えなければなりません。そうした観点を無視する運用論に価値はありません。--EULE会話) 2018年7月17日 (火) 13:37 (UTC)
コメント こんばんは。私は、スマホでも節を跨ぐ一括投稿ができますよねという話をしただけであって「PCで作れる文章がスマホで作れないわけではない」と申し上げたつもりはございません。また、モバイルビュー編集を100%否定するつもりもありません。モバイルビューでできるような編集もあるでしょう。しかし、本格的に編集をしようとすれば、それは無理があるわけです。標準名前空間で出典を示しながら文章を構成していくというようなことは、モバイルでは非常に難しいでしょう。私の意見は-あくまで私論にすぎませんが-ウィキペディアを本格的に編集しようと考えるのであれば、種々の制約のあるモバイルではなく、PCを使うべきなのではないかというものです。--Haifun999会話) 2018年7月17日 (火) 14:25 (UTC)
コメント 話の流れが理解できてないとは心外ですね。Haifun999さんは「モバイルでもデスクトップ表示にできるし、モバイル編集でもだめなものはだめ」としか言っていませんし、「スマホで文章を書くのには私は正直反対ですが、〜」などで済ませるならまだしも「まあ、これは論文ほどの文章をスマホで作成しているというより、学士といえどスマホで作れる程度の論文がアカデミックに横行していると言った方が適切なのかもしれませんが」などと必要のない皮肉を込めた嫌味のようなものまでおっしゃっていたのも含め流石に余計だ思い「関係ない」と言ったのですよ。あと、EULEさんのその、私が括弧内に少し補足で入れた意見に対する反論らしき長文もこの議論には直接関係ないですし他所でやって頂きたいです。モバイル編集の是非の話をしているわけではありませんし、制約について考えると言ってもスマホで文章を書くことそのものに対して難色を示すような態度まで取る必要性が感じられません。「こういう制約があるのでこういう過程で連続投稿が生まれるのだろうからこうするべき」みたいな意見を言う過程で言うなら良いと思いますが、そうではないでしょう。ここではモバイル編集者の連続投稿について議論してるんじゃないんですか? --富士 / Fuji kyosuke会話) 2018年7月17日 (火) 15:08 (UTC)
コメント H:MOBILE#デスクトップとモバイルで機能や動作が異なるものに比較例示が在る通り『(現時点では)モバイルユーザーは節を跨ぐ一括投稿が出来ない仕様』になっています。
で、本案件はモバイルユーザーによるWP:CONSECに反する連続編集行動が問題なのではなく、件のIPさんが編集行動内容の説明を求める別の利用者の対話要請を無視(気づかず?)し説明責任を果たさないまま編集強行を繰り返している事実上の対話拒否状態が問題視されるべきであって(WP:POINT)、ここでWP:CONSECに関しては前述の通りモバイルユーザーの悪意なのかモバイル仕様上の問題なのか判断不能ですから、それを持ち出したことで話がややこしくなったように思えました。
つまり、ウィキメディア財団が開発しているモバイルの仕様上可能とされていることを下位のウィキペディア日本語版利用者がそのように行うことについて、その操作(投稿)を否とする合意が日本語版にはまだない、ということですWP:CONSECは方針ガイドラインはおろか草案ですらない手引書)
◆もちろん、Motoriyoさんが懸念されているような「モバイルユーザーに限り特別に何らかのウィキペディア方針ガイドラインに違反する編集行為を認める便宜が図られている」といった事実はありませんので、問題とされる根本は説明責任を果たしていない一点に絞られ、その点に関し強制的にでも対話のテーブルについて頂くために(既に管理者伝言板へ通報は済んでいますから)記事冒頭にノートページへの誘導を行った上でのごく短期間の半保護依頼などを行うような対処もこの場合は有効かと思います(モバイルユーザー故に会話ページに気づいていない/会話ページへの移動方法、返信方法を知らないか理解できない可能性)。--Nami-ja (会話 / 履歴) 2018年7月17日 (火) 02:52 (UTC)
Symbol comment vote.svg 追記 個人的には、今や日本国内に限ってもインターネット接続に用いられる端末はスマートフォンが全体の5割以上を占める現実があり[10]、ウィキペディアの編集に用いられる端末もスマートフォン、タブレットなどが無視できかねる割合を占めており[11]、その時代にEULEさんやHaifun999さんが仰るようなモバイルビュー編集の全否定は時代に逆行しているかのような違和感を覚えます。--Nami-ja (会話 / 履歴) 2018年7月17日 (火) 02:52 (UTC)
コメント 蛇足 metaに草稿ながら2014年時点でのモバイルユーザーの増加率を示すデータがありましたので参考までに。--Nami-ja (会話 / 履歴) 2018年7月17日 (火) 03:10 (UTC)
返信 失敬。私は、個人の考えはあれど、時世やウィキペディアが機能としてモバイル利用を認めている以上は、それを所与のものとして、運用を考えなければならないと言っているのであって全否定してません。あくまで全否定しているHaifun999氏に対するコメントです。--EULE会話) 2018年7月17日 (火) 13:37 (UTC)
コメント モバイル利用者(読者・編集者)が多いことを踏まえた上でも、「モバイル読者の参加を歓迎すること」と「モバイル編集者の参加を遠慮頂くこと」は別に考えるのが良いように思います。ウィキメディア財団がウィキペディアの利用者の門戸を広げて質・量の優れたウェブ百科事典を構築しようとコンテンツ翻訳やモバイル編集などの機能改善を推進していますが、実態としてコミュニティが受け入れ足り得る機能品質に至っていないのであれば、その機能を利用した編集参加を否定するのも一理ある意見です。ちょっと前に話題が上がっていた日本語が流暢でない利用者には編集を遠慮して頂くのと同じく、ページ単位でまとまって編集できない利用者には編集を遠慮して頂くのも一案に思います。モバイル編集について言及されてないですが、連続した節単位編集はWikipedia:ページの編集は大胆にの本意(細かい編集の差し戻しは大変だから大胆な編集をしよう、参考:ノートのCalveroさんコメント)に反していそうです。--221.188.43.176 2018年7月17日 (火) 06:41 (UTC)
コメント かつて日本語版ではいわゆるガラケーを一律全面ブロックしていた時代がありますため、同様理由で再び携帯端末からの編集行為を全面ブロックする提案は前例もあり一考の余地はあるかもしれませんが、編集者と閲覧者に使用端末により明確な境界を設け片方の編集行為を全面拒絶してしまう、というのは日本語版の将来的な成長可能性をも否定・阻害する悪手であるようにも感じます。--Nami-ja (会話 / 履歴) 2018年7月17日 (火) 18:41 (UTC)
  • モバイル編集、モバイルウェブ編集をした場合、IPユーザーですと自らの会話ページへメッセージがあっても、気づきにくいです。そのため、メッセージに気付かないと、対話拒否と思われてしまうでしょう。--153.234.65.150 2018年7月17日 (火) 11:32 (UTC)

工業製品のパッケージを写した写真は著作権侵害か[編集]

過去にあった議論

Wikipedia:削除依頼/駅弁のパッケージを写した写真を作っていて生じた疑問です。数年前のことなので忘れていましたが、これまでも類似の議論があって、それらの議論では量産される工業製品(応用美術の作品)は日本の意匠法の保護対象であって著作権の保護対象でないとされていました。しかし、c:Commons:Deletion requests/Files:The nikka whisky 2015での議論およびその中で挙げられている文献 意匠権と著作権の境界について - カタリーナ・マラッケ(2006) (PDF) によれば、工業デザイン製品は意匠法による保護に加え著作権法による保護を得ることも可能であるとのことから、Precautionary principleの方針に則って(安全であることが明確でないとして)削除されています。この点において、本来なら日本語版ウィキペディアにあるフリーな画像ファイルはウィキメディアコモンズにも転送できるはずが、コモンズでは削除の対象になりうるという相違が生じています。「アメリカ合衆国(サーバ所在地)と日本国(日本を本国とする著作物)の著作権法に抵触しない方針」という点で一致するはずが、著作権をめぐってこうした相違が生じるというのは、私も含め利用者に混乱をもたらすと考えられます。

被写体の著作権侵害を判断する基準として、その形態を問わずに二次的著作物として著作物性とデ・ミニミスで判断すべきと思うのですが、どうなんでしょう。皆さまのご意見を頂きたく議論を提起します。--Darklanlan talk 2018年7月17日 (火) 10:00 (UTC)

コメント 結論の方の説明は他の方にお任せするとして、ご質問文中の「二次的著作物として著作物性」は「意匠デザインの著作物性」の誤記ではないでしょうか?
仮に「二次的著作物」が商品パッケージのことを指すとしたらその想定は現実的とは思えませんし(意匠デザインの原画とかではなく工業製品の包装物それ自体が芸術作品というのは前衛芸術すぎて常識の想定範囲を超える)、あるいは製品を撮影した写真画像のことを指すのだとしたらそれは100%著作物なのでもともと疑問の余地がないですが、どちらにせよおそらく判断のポイントではないので。--ディー・エム会話) 2018年7月17日 (火) 13:40 (UTC)
コメントありがとうございます。要約して縮めようとした結果、変な表現になってしまったかもしれません。c:Commons:二次的著作物での「全ての製品には誰かが著作権を持っているのではないですか。」にある引用文のように、応用芸術と工業デザインとの境界線の話です。--Darklanlan talk 2018年7月17日 (火) 14:45 (UTC)